僕が一番欲しかったもの<12>

結論から言うと、ボクは性病にかかっていなかった。

もちろんHIVにも感染していなかった。

そりゃそうだろう。過去に書いた文章の中にも、ボクは病気にかかったことがないと書いている。それにHIVに感染していたら、もっと別の文章を書いているだろう。2000年初期は、今ほど有効な薬がないから、もし感染していたら恐らく既に亡くなっていると思う。

この経験は、ボクの今後の人生に大きな影響を与えた。

東京から福岡に引っ越す際に、一度だけ有料ハッテン場に行ったことがある。

社会人になってから、ボクは完全にノンケの世界だけで生きてきたけど、このまま一度も東京のゲイの世界を味わうことなく福岡に行くのがもったいないと思った。東京の有料ハッテン場は、京都とは店の規模が全く違っていた。お客が何倍もいた。

こんなに沢山のゲイが集まっているのを初めてみた。

ボクは田舎者丸出しで、口をポカーンと開けたまま店内を歩いていた。7階建てくらいの広いビルの全てが有料ハッテン場で、そのビルを全裸のゲイが闊歩していた。正確な人数の把握ができなかった。京都の店なら一度でも店内を歩けば、大体の人数はすぐに把握できた。

人数が多いだけあって、ビルのいたるところでセックスしていた。部屋を覗けば複数で乱交している姿を何組も見かけた。その乱交している姿を、沢山の人が見物していた。ボクも一緒になって見物していた。

こんなに激しく乱交して大丈夫なのかな?

そんなことを思いながら、久しぶりの有料ハッテン場を観察していた。

その時だった。隣に立っている人がボクの手を引いた。

顔を見ると、どこかのゲイ動画に出てくるような若いイケメンだった。

背が高くてジムで鍛えているような体格だった。彼に手を引かれて真っ暗な部屋に案内された。その真っ暗な部屋には2段ベッドが何組も並べてあって、いくつのベッドからセックスする時の物音が漏れていた。ボクは彼に導かれるままベッドに寝かされた。ボクらの姿を通路から覗いている人が何人かいた。

彼はしばらくボクを愛撫してくれた後、バックに入れようとしてきた。

ボクは反射的に身を引いた。彼はさらに迫ってきたけど、ボクはさらに身をひいた。何度か繰り返した後、彼は首を傾げた。そしてボクの動きの意図するところを知ったようだ。それから彼はボクの耳元に顔を近づけて、

「ノリわる」

そう吐き捨てるように言い捨てて去っていった。

通路に立って見物していた人たちが、「次は俺が代わる」といった感じでベッドに上がってきた。そしてボクの体を触ってきた。ボクは「嫌だ」と首を横に振って追い出した。すると見物していた人たちが、みんな去っていった。

ノリが悪いか……せっかく誘ってくれたのにごめんね。

布団の上にしゃがんだまま、彼に謝罪した。ただ、ボクはもうあんな思いは二度としないで済むように生きて行こうって決めていた。

真っ暗な部屋に並んだベッドのいたるところから見知らぬ者同士が、セックスしている声や物音が響いていた。

ボクはしばらく耳を済ませて、その音を聴いていた。

「ボクもやってみたい」

と思う気持ちと、

「ボクはやらない」

と思う気持ちがせめぎ合っていた。

でも結局、後者の気持ちが勝って店を後にした。

<つづく>