絶対に会えてよかった<4>

明るいロッカールームまで来ればパペマペさんは追いかけて来ないだろうと思って、ようやく一息つけた。

「あぁ……君も来てたんだ」

ロッカールームに飛び込んだボクに対して、声と一緒に愛嬌のある笑顔が向けられた。

この男性は「ユウちゃん」と呼ばれている。

年齢はボクよりも10歳近く上で、短髪に鍛えている体……と紹介できればいいのだけれど、実際は、短髪に中年太りしている体だった。

愛嬌のある丸顔で、他の客からも可愛がられていた。週に2回はこの店に通っているようで、この店の常連客で彼のことを知らない人はいないだろうと思われるくらいに沢山の人から声をかけられていた。

廊下ですれ違い際に、ユウちゃんの「乳首を触る」もしく「乳首をつねる」というのが、一部の常連客の習わしになっていた。

彼はこの店の客の中で「イジられキャラ」というポジションを確立していた。

個室にいるユウちゃんを何度か見かけたことがある。

うつ伏せになって両足を広げてお尻を突き出した格好でじっとしていた。

「何でそんな格好で寝てるんですか?」

と、枕元にしゃがんで訊ねるボクに「こうやって網を張って誰か相手してくれる人を待ち構えているの」と教えてくれた。

ちなみにボクはユウちゃんと肉体関係を持ったことはない。ボクもユウちゃんもお互いに好みのタイプではなかったようだ。

「今日は人多いの?」

ユウちゃんの愛嬌のある笑顔が向けられる。彼は更衣室に置いてる灰皿の前に立ってタバコを吸っていた。

「それが困ったことになってまして……」

その時、ボクは後ろの方から「ガサガサ」と物音がした。ユウちゃんの視線がボクの背後に向けられる。そして固まるユウちゃんの表情。「まさか」と嫌な予感がして、ボクもユウちゃんの視線が向けらた方に振り返った。

ヤリ部屋と更衣室の仕切りのカーテンの隙間からパペマペさんが顔出していた。

そして、じっとボクの方を見ていた。

ボクと目が合うとカーテンを閉めて足音が遠ざかっていった。

「今の何?」

ユウちゃんを見ると、驚きと恐怖と呆れと様々な感情が複雑に混じり合ったような不思議な顔をしていた。

「あの人と会ったことないんですか?」
「ないない。初めて見た。あれは何?」

常連客のユウちゃんが会ったことがないと言うのなら、パペマペさんは初めて来た客かもしれない。

「ボクも初めて会ったんです。どうしましょう。さっきからあの人に狙われて追われてるんですよ」

と、ボクは彼に助けを求めようとした。

「わはははっ。あはははっ。いいじゃん。あの黒頭巾とヤッてくれば!」

更衣室にこだまするユウちゃんの笑い声。

くっそー。こいつ他人事だと思って楽しみやがって! いや実際に他人事なんだけどムカつくな。

しばらくユウちゃんと話したけど「ヤッてこい」と繰り返すばかりで話にならなかった。ボクは薄情なユウちゃんを残して、仕方がないのでヤリ部屋に戻ろうとした。

「頑張れよ〜」

と、励ましではなく冷やかしの声が、ボクの背中にかけられる。

ボクは「くそ。いつか廊下ですれ違った時に、乳首をつねってヤるからな」と恨み言を心の中でつぶやいてヤリ部屋に戻ることにした。

カーテンを開けて廊下を数歩進むと、曲がり角がある。

その角を曲がると、いきなり目の前にパペマペさんが現れた。

どうやらボクが戻ってくるのを待ち構えていたようだ。

くそっ! 先にヤる相手を見つけ出して、絶対にこのパペマペから逃げ切ってやる!

ボクは下を向いたまま彼の前を早歩きで通り過ぎた。

ボクの背後からパペマペさんの気配が感じられた。

<つづく>