絶対に会えてよかった<5>

ボクは店内を逃げ続けた。彼はしつこく追いかけ続けた。

もし個室に入って寝転がれば、彼が襲って来るのは目に見ていた。

こうなるとチャンスは、誰かが通路を歩いているボクの体を軽くタッチしてくれて、個室に誘ってくれるというパターンくらいしか思いつかないけど、そもそもボクのすぐ後ろにはパペマペの姿があって、タッチする気分にもならないという雰囲気になっていた。ボクが彼から狙われているという図は、他の客も既に察しているようで「可哀想」という憐憫の眼差しを送ってきた。

その中でニヤニヤと笑っている顔を見つけた。

ユウちゃんだ。

ユウちゃんは廊下の壁にもたれて、

「早く寝ればいいのに」

と、通りすぎるボクの耳元に囁いてきた。

「くそ。こいつ。人の不幸を楽しみやがって。今度、すれ違う時に絶対に乳首をツネってやるぞ」と心の中で悪態をついた。

ボクの中で沸々と沸き起こってくる怒りの感情。その怒りの感情はユウちゃんだけでなく、気がつくとパペマペさんにも向けられた。

そういえば何でボクは彼から逃げ回ってるんだろう?

そりゃ腕力で争えば100%負ける。

ちなみにボクのハンドボール投げの飛距離は、10メートル飛ぶか飛ばないかという情けない成績だ。高校時代にスポーツテストで女子生徒たちから爆笑されたというトラウマを持っている。後で投げた女性生徒の方が、ボクの倍の飛距離は飛んでいた。勝ち誇ったようにボクを見る女子生徒たち。同級生たちは「やっぱりあいつはホモだから」「さすがはオカマだ」と言っていた。「いやそれホモとか関係ないから」という抗議をしても耳を貸してくれる同級生はいなかった。

そんなボクだから腕力では絶対に負けるだろう。

でも、きちんと話せば分かってもらえるかもしれない。顔は分からなくても彼だって人間なのだ。

ここは逃げるだけじゃなくて、パペマペさんと向き合って戦うべきなのだ

ボクは彼と向き合う決意をして近くの個室に入った。

さぁ……早く来いパペマペ!

ボクは個室に敷かれた布団の上に立って入り口を睨みつけていた。

ボクの非力な「腕力」では絶対に勝てないけど、巧みな「話力」で、この局面を乗り切ってみせると意気込んだ。

数秒後、おもむろにめくり上がるカーテン。

そして、そっと中を覗き込んでる黒頭巾に光る二つの目玉。

ひぇぇえええ。やっぱり怖いぃぃ。

いやいや。相手も同じ人間だ。

ここで逃げたら今後も付きまとわれることになるんだぞ。

そう思い直して彼が部屋に入ってくるのを待った。

パペマペさんはボクが動かないことを確認してから、そっと個室の中に入って近づいてきた。そして右手を伸ばしてボクの頬に触れてきた。緊張で微かに震えるボクの体。彼を間近で見ると不気味さは倍増した。

ボクの股間は無反応だった。それに対して彼の股間は絶頂だった。

彼の呼吸は荒く「ハァハァ」と吐息を漏らしながら体を寄せてきた。そしてボクの体に股間を押し付けてきた。

そもそも、こんな非モテなボクのどこに興奮する要素があるんだろ?

なんだか彼のことが不憫に思えてきた。こんな魅力のないボクの体を見てフル勃起している彼のことが可哀想になってきた。もっとイケメンの男性は沢山いるのに、なんでボクなんかに興味を持ったんだろう。と思うと冷静になってきた。

「あの……なんで頭巾なんて被ってるんですか?」

ボクは気がつくと彼に声をかけていた。いきなり話しかけてくると思っていなかったようで、彼の動きはピタリと止まった。

<つづく>