妖怪くんは何度か顔を上げて、こっちを見たけどボクと目を合わせる前に顔を伏せてしまった。
ここから逃げないってことは、ボクのことが嫌じゃないのかな?
その後、どれだけ隣りに座って待っても妖怪くんに動きはなかった。
こういった時。ボクの方から彼の手や体を触るとかして誘えばいんだろう。
でもボクは自分から誘ったことが一度もなかった。
自分から誘って相手に断れた時の精神的なショックが大きそうだと思って躊躇していた。有料ハッテン場で出会った人の中には、少しでもタイプの人がいれば、手当たり次第に誘ってる人もいたけど、ボクにはそういったことは無理だった。
ボクはじっと座っているのに疲れて立ち上がった。
そして見下ろすような形で、妖怪くんを見ていたけど、やっぱり彼に動きはなかった。ボクは彼を誘うことを諦めて大部屋から出た。
店内の客は増えていて、さっきまで見かけない人がチラホラいた。
いくつか部屋を回ってみて、何人かとすれ違った。相変わらず向井理(似)を追い回している人たちはいた。ボクも向井理(似)とすれ違ったけど、彼は全く興味を示されることなく、最初から存在しなかったもののように無視して通り過ぎていった。でもショックは受けなかった。
うーん。やっぱり彼のことが気になるな。
ボクには妖怪くんが店内で一番魅力的に思えた。
店内には何十人もいたけど、彼のことが忘れられなかった。
「やっぱり勇気を出して彼を誘ってみようかな」と思い直して、もう一度、大部屋に戻ってみると、部屋の隅には妖怪くんの姿が見当たらなかった。
あれっ? どこかに移動したのかな?
焦って近くの部屋を探しても見つからず、「もう帰ったのかな?」と思い、店内を歩き回っていると、廊下の隅に漆黒の闇の世界が展開されていることに気がついた。
あっ! 妖怪くんがいた。
彼は廊下の隅にある掃除用具入れのドアの前でしゃがんでいた。さっきと同じように顔を伏せて体育座りをしていた。
怪しい……怪しすぎる。でもやっぱり彼に惹かれてしまう。。
彼はなんでまた廊下の隅にしゃがんでるんだろう。まださっきの大部屋の隅ほうがマシだった。廊下を歩いている人たちは、そんな彼の姿を見つけては、うんざりした顔をして通り過ぎていった。
どうしよう…誘ってみようかな?
ボクは彼から5mくらい離れた場所に立っていた。
廊下を歩く人たちの中に、ユウちゃんがいた。ボクの視線を追って、まだ妖怪くんを狙っていることに気がついて「理解不能」と言った顔をして通り過ぎていった。
どうしよう。彼を誘ってみたい。やっぱり気になる。でも断られるかもしれない。そしたら傷つく。もし受け入れてくれたらどうしよう? どこかの部屋に誘おう。それから何をすればいい? いやいや、まだ彼を誘ってもないのに考えてもしょうがない。でも断られるかもしれない。でも彼を誘ってみたい。どうしたらいい?
そんな感じで、ひたすら逡巡していた。
その時、ボクと妖怪くんの間に一人の男性が立ち止まった。
「誰だろう?」と思って立ち止まった人の顔を見た。
ボクと妖怪くんの間には「向井理(似)」が立っていた。
<つづく>