絶対に会えてよかった<12>

ボクはフラれた彼に何て声をかけてあげればいいのか迷っていた。ただ隣に立っているってことは、「きっと誰かと話がしたいんだろう」ということだけは分かったので、当たり障りのない言葉をかけた。

「この辺に住んでるんですか?」
「いや。たまたま仕事で近くに来たから、ここに寄ってみただけで初めて来た」

なるほど。道理でユウちゃんを含めて常連客たちがザワザワしているわけだ。みんな初めて会った彼の好みのタイプが分からずに、気になってしょうがないわけだ。

「あの人(妖怪くん)なんか気になるんだよね」

と、彼が逃げ込んでいった大部屋の方を指差しながら言った。

「その気持ち分かるよ」と思った。ボクだって彼のことが気になっている。自分でも理由が分からないけど、なんとなく彼のことが気になってしょうがない。

ボクらの目の前を、付き人たちが通り過ぎていった。きっとボクと向井理(似)が何を話しているのか気になるんだろう。

「よかったら君でもいいけど?」

と言って、彼はボクの腕を掴んできた。まさか彼から誘われるなんて思ってもみなかった。

「えっ? うーん……」

嬉しかったけど、ボクには彼の誘いに乗り気になれない理由が一つだけあった。彼は誰が見てもハンサムな部類に属していた。でも、どうしても彼の誘いを受ける気にならなかった。ボクの反応を見て「これは見込み薄だ」と思ったのか、それ以上は誘ってこなかった。彼はボクの腕から手を離した。

「俺さ。背の低い人が好きなんだよね」

と彼は照れたように笑いながら、ボクの頭をぽんぽんと優しく叩いてきた。ボクは彼の顔を見上げた。ボクよりも20cm近く身長が高かった。

彼がボクと妖怪くんを誘ってきた理由が分かった。

ボクの身長は163cm。妖怪くんも同じくらいの身長だった。この時、店内にいた客の中でボクら二人だけが、突出して背の低い部類に属していた。

そうか……それでボクらを誘ってくれたのか。

でもボクは背の高い人が嫌いなんだよね。

と、口に出さないで心の中だけで思った。ボクが彼の誘いに乗り気になれなかったのは、それが理由だった。

「君もあの人を狙ってるんでしょ?」
「あっ……はい。そうです」
「誘ってみればいいのに?」
「うーん。あなたみたいなイケメンが誘って断られたってことは、ボクには最初から無理そうな気がします」 

卑屈すぎる。それにボクと彼は同じ年齢くらいなのに、ひたすらに丁寧な口調で話している自分が情けなくなってくる。

「そんなことないんじゃない?」
「そうでしょうか?」
「あの人って経験がなさそうだから、君みたいな方がいいかも」

この時、ボクには彼の言うことがよく理解できなかった。

「そろそろ帰ろうかな……」
「もう帰るんですか?」

結局、この店に入って彼が誘ったのが、ボクと妖怪だけだった。最上級の階層の属している彼が、最下層の階層の二人組を誘って断られて帰る。それで本当に良いのか?と思った。

沢山の人が彼を狙っているのに勿体無いと思った。でも彼は付き人たちに対して、全く興味がなさそうだった。

「うん。明日も仕事があるから。じゃあね」
「あっ……はい、さようなら」

彼はロッカールームに向かって歩きだした。ボクは背の高い後ろ姿を見送った。

しばらくしてロッカーを開ける物音がした。付き人たちは入れ替わりでロッカールームの状況を確認しに行った。そして彼が帰ろうとしているのを確認すると、残念そうな顔をして戻ってきた。ボクと彼が何を話していたのか気になっていたようで、ユウちゃんが代表して質問してきた。

「彼と何を話してたの?」

玄関の方でチャイムが聞こえて、同時にドアが閉まる音が聞こえた。彼が店から出ていったことが分かった。ボクは頭の中で、彼が颯爽と店から遠ざかっていく姿を想像した。

「ただの世間話ですよ」

ボクはそれだけ答えて妖怪くんが消えた大部屋に向かって歩き出した。

ボクと向井理(似)と妖怪くんの間に何があったとか、いちいち説明する気持ちにはならなかった。

誰が誰を好きになるとか、そういったことは誰にも決められないし強制もできない。顔がハンサムであれば好きな人から好かれるわけでもない。性格がよければ好きな人から好かれるわけでもない。

でも少なくともこれだけは言えると思った。

相手から声をかけてくるのを待っているだけでは、好きな人と会える確率を減らしているし、自分から声をかけない限り、好きな人と会える確率を減らしているということ。

大部屋に入って辺りを見渡すと、店に入って最初に妖怪くんを見つけた場所。部屋の隅に体育座りをしていた。さっき怒ったせいか、負のオーラが濃くなっているような感じがした。大部屋では相変わらず乱交は続いていて、さっきよりも人数が増えて5人になっていた。もう誰が誰をヤッているのか分からない状態だった。

ボクは足音を立てないようにそっと忍び寄って、さっきと同じように彼の側に体育座りをした。

そして時間をかけて数ミリ単位で自分の手を、彼の手の方に徐々に近づけていった。彼の手を握ろうとしては止めると同じことを繰り返した。

彼を誘ってみないと、どうなるかは分からないよね。また誰かが彼を誘ってくるかも分からない。どうなるかは誘ってみてから考えてみよう。

そう思って勇気を出して彼の手を握ってみた。

ボクは生まれて初めてハッテン場で自分から誘ってみた。

<つづく>