絶対に会えてよかった<13>

彼の手を握って分かったんだけど、緊張のあまり手や足が震えていた。

「自分なんかでいいんですか?」

体育座りして顔を伏せたまま声だけが聞こえた。

「あっ……はい。いいですよ」

ボクは繋いだ手に力を入れて答えた。ただ彼の方は握り返してくれるわけでもなく、何の力も込められてなくて「これは見込み薄かな」と思った。

「嫌じゃないんですか?」
「いえ。嫌どころか好きなタイプです」
「さっき……誘ってくれなかったですよね?」

一瞬、彼が何を言いたいのか分からなかった。

数秒ほど思考して、さっき彼の隣に座った時に、彼を誘うことなく立ち去ったことに対して抗議してることが分かった。彼の放つ言葉は、どれも直球すぎて、何を言いたいのか常に想像しながら聞かないと分からなかった。もう少しだけ補足の言葉を入れてくれないと解釈が大変なのだけれど、その煩わしさも面白くて、ますます気になってしまった。それに「ちゃんと隣に座ってたのがボクだと認識してたんだ」と気がついて嬉しかった。

「すみません。さっきも誘ってみようと思ったんですけど、こういった店で自分から誘ったことがなくて……」

どう答えたいいのか分からなくて、正直に全てを打ち明けることしかできなかった。自分から誘った経験がないとか恥ずかしい話だったけど、ここは正直に答える方がいいように思った。

「自分も経験ないです」

どこまでの経験がないのか分からなかったけど、もしかしたら全く経験がないのかもしれない。

「どこか個室に行って話でもしませんか?」
「はい……」

さっきから大部屋に入ってくる人たちにとって、ボクらは見世物のような状態になっていた。彼らの視線が気になってしょうがなかったので、二人きりになって会話をしたかった。

ボクは手を離して立ち上がり彼を近くの個室に案内した。黙って後ろをついてきてくれるということは嫌われてはないようだった。さっき向井理(似)が彼を誘った部屋は避けて、二つ隣の部屋に案内した。そして彼を緊張させないように個室の鍵を閉めないでドアも開けたままにしておいた。

さて……どうしよう。

ベッドに並んで腰を下ろしてから、この先どうしたらいいのか迷っていた。

彼も未経験だと言ったけど、ボクも自分から誘うのは未経験だった。

「本当にいいんですか?」

隣に座っている彼は両手で顔を隠していて、指の隙間からさっきと同じ質問が聞こえた。

「何もしてあげられませんよ。いいんですか?」

うーん。やっぱり少し言葉が足りない。「ボクはあなたの体を触ったりして気持ちよくさせてあげることができないけど、それでもいいんですか?」と言いたいのだろう。

「はい。いいですよ」
「本当に何もできませんよ……」

この時、隣に座っている彼がどうされたいのか分かった気がした。そしてボクも彼とどうしたいのかが分かった気がした。多分、ボクと彼は同じようなことを望んでると思った。

「はい! いいですよ。ボクは変わっている人が好きなんです!」

ボクはそのことに気がついて嬉しくなった。

「変わってますか?」
「そうですね。変わってますよ!」

「とても変わってますよ」と、もう一度だけ心の中だけでつぶやいた。

彼がどんなに変わっているのか例えると、静かな日本の庭園を散歩している時に、外界と隔絶された「マダガスカル島」に生えている異様な植物が、いきなり目の前に現れたような異物感があった。

「本当に何もできませんよ……それでいいんですか?」

と、何度も何度も念を押してくるのがおかしかった。

「えーと。じゃあ。ボクも自分から誘うのが初めてなんで何もできないですけど、それでもいいですか?」
「いいですよ……」
「本当にボクも何もできないですよ? 抱き合って寝るくらいしかできないですけど、それでいいですか?」
「それでいいですよ……」

彼はその言葉を聞いて、ようやく両手で顔を隠すのを止めてくれた。

「じゃあ抱き合って寝ましょうか? それだけしかしないって約束します」
「はい……分かりました」

と答えて、彼は体を震わせながらベッドの上に横になった。

<つづく>