絶対に会えてよかった<14>

ボクは一緒に横になってから震えている彼の体をできる限り優しく抱きしめた。

ボクは変わっている人が好きだ。なんとなく世の中の流れに乗り損ねているような人が好きだ。それはきっとボクも似たような存在だからだ。

子供の頃から趣味も変わっていて気が合う人がほとんどいなかった。それにゲイという側面に加わってしまって、さらに気が合う人が少なかった。ついでに団体行動が苦手で、気がつくとみんなと逆方向なことばかりしていた。別に意図して選んでいるわけではないのに、気がつくとみんなと逆方向ばかり見ていた。そんな自分のことを高校時代ぐらいまで悩んでいた。でも、大人になるにつれてみんなと逆方向なことをしてしまっても気にならなくなった。このサイトを始めた経緯にも似たようなところがある。ゲイの大半がゲイアプリばかりしてるから「もっと別の生き方もあるんじゃないの?」と思って毎日文章を書き続けている。

「そういえばさっき……廊下で背の高い人から誘われてましたよね?」

ボクは彼を抱きしめたまま、さっきから気になったことを質問してみた。

「はい……」
「なんで断ったんですか?」

数秒ほど間をおいてから彼がおもむろに答え始めた。

「背の高い人って……」

「はい」と返事してボクは答えを待った。

「嫌いなんです……」

なんて簡潔な理由なんだろうと思った。

「それだけですか? 他に理由は?」
「それだけです……他に理由はありません」

ボクは彼の話を聞いて笑ってしまった。彼は不審にそうに「何がおかしんいですか?」と質問してきた。

「ボクも彼から誘われたんですけど、同じ理由で断っちゃいました。でも彼を狙ってる人が沢山いたんですよね」
「そんなに狙ってる人たちがいたんですか?」
「いましたよ」
「断って悪いことをしました。後で謝っています」
「もう彼。帰っちゃましたよ」
「そうですか。悪いことをしました。あなたはどうして背の高い人が嫌いなんですか?」

と質問されて、ボクは「うーん。これはボクが背の高い人が嫌いな理由と直接関係あるのかは分かりませんけど」と前置きをしてから、過去にあった出来事を説明した。

かなり話がそれてしまうけど、筆まかせならぬ、キーボード任せに書くことにする。

これはボクが小学校に入学したばかりの頃だ。

ボクの担任教師は暴力教師だった。背が高くてガタイのいい教師だった。

その教師に殴られて教室の壁や床に生徒の血がこびりつくことなんて日常的にあった。教師の機嫌が悪かったり、宿題を忘れてきたりしただけで、生徒の髪を掴んでロッカーに体ごと叩きつけて殴りまくった。その度に鼻血が飛び散って床や壁にこびりついた。

「あの染みって○○くんの鼻血だよね」

と、乾いてこびりついて血を恐ろしく眺めていた。

血を拭くのが怖くて、学年が上がるまで教室の壁にこびりついたままの血もあった。体側服を入れる巾着袋に、他人の鼻血がこびりついて取れないなんてこともザラにあった。

クラスの生徒全員の前で、一人を公開処刑することなんてざらにあった。

机や椅子や床に飛び散った血は、雑巾を持ってきて自分で拭くように命じられた。殴られた生徒は「すみません」「もう忘れません」と土下座して謝った。そして泣きながら拭いていた。たまには恐怖のあまりに失禁してしまう生徒もいた。失禁した生徒には男子もいたし女子もいた。失禁した本人はクラスの生徒全員の前で泣きながら掃除していた。

ボクのクラスの生徒は小学1年生の時点から、毎日のように怯えながら登校していた。小学校一年にして、これほど過酷な日々が始まったけど、「残りの人生を無事に生き抜くことができるのか?」と心配していた。この時、正常な思考ができなくて、他のクラスも似たような状態だと思っていた。どこの小学校も一年生は、こんな状況なんだろうと本気で思っていた。学校に行けば、毎日ようにクラスメイトが公開処刑されていて、ボコボコに殴れて、いつ自分の番が回ってくるのかと恐れていた。ボクは宿題を忘れないように細心の注意を払っていた。それに宿題を忘れる以外にも、その教師が気いらないことがあれば生徒を殴ったりすることも日常茶飯事だったので、なるべく存在感を消して生きていた。

学級が上がる直前にある事件が起こった。

クラスメイトの女の子が、教室で毎日起こっている事態を学校外の人に話した。話した相手が社会的に地位のある人で、たまたま女子生徒が通学途中に道端でうずくまっているのを不審に思って声をかけたのが発端だった。女子生徒は、恐怖のあまりに学校に行けなくなっていた。

学校の上層部は今更ながら気がついて、とは言っても……殆どの教師は暴力を振るってたことを知ってたんだけど、すぐに問題の教師を転勤させて幕引きしようとした。ちょうど学年が上がる直前だったので、転勤という形でうまく処理することにした。他のクラス担任も生徒もボクのクラスで起こっていることに当然のごとく気がついていた。毎日のように教室から机や椅子を蹴る音や、生徒の叫び声が聴こえてれば嫌でも気がつくだろう。でも誰も助けてくれなかった。重い口を開き始めたのは、その教師が学校から消えた後のことだった。それまで恐怖のあまり黙っていたクラスメイトたちも口を開き始めた。まさか小学校に入学したばかりの自分の子供たちが、異常な暴力に日常茶飯事に晒されていたなんて、どの家庭の親も思いもしていなかった。その事実を知った親たちは学校に対して抗議しようとしたけど、その時には問題の教師は転勤していて、学校は素知らぬ顔を決め込んだ。

どこかの少年院で起こった出来事に思えるけど、これは普通の小学校で起こった出来事だった。

妖怪くんはボクの話を聴いてから「その教師から殴られたことがあるんですか?」と質問してきた。ボクは「はい。一度だけあります。放課後に教室に残されて二人きりになってから4時間ほど殴られました」と答えた。

<つづく>