彼が年上だと判明したので「妖怪くん」ではなく「妖怪さん」と書くべきなのだけれど、彼からは全く年上の威厳は感じられず、ボクにとっては相変わらず年下のような存在だった。そういう訳で、失礼ながらも「妖怪くん」と書き続けることにする。
1時間位が経つと、妖怪くんは携帯電話を開いて時間の確認をした。「終電でもあるのかな?」と思っていると、「一緒にテレビを見ませんか?」と声をかけられた。「一緒に寝ませんか?」という言葉ならともかく、今まで有料ハッテン場で「一緒にテレビを見ませんか?」という誘いを受けたことなんてなかったので、どう反応したらよいのか困った。
「なんの番組ですか?」
「チューボーです」
「『チューボー?』って何の番組だろう。中学生向けの番組かな?」と悩ませていると、
きゅうりー♪ トマトー♪ 焼け付く太陽ー♪
と、番組冒頭に流れるテーマソングが頭の中を横切った。およそ有料ハッテン場には似合わないような陽気な音楽だった。
あっ…『チューボーですよ!』のことか。
堺正章さんとアナウンサーの雨宮さんの二人が、ゲストを呼んで一緒に料理を作る番組だった。小学生か中学生くらいに何度か見たことがあって、まだあの番組は続いていたのかと思った。どうでもいいけど、妖怪くんも「チューボーです」で言葉を区切るのではなく、最後に「よ」をつけてくれれば分かりやすいのにと思った。
「じゃあ。一緒に見ましょうか」と答えて、ボクらは個室から出た。
テレビが置いている休憩室の中には、先に二人いて別のバラエティー番組を見ていた。個室で妖怪くんと寝ている時から「ふっふっ」とか「はははっ」と笑い声が休憩室から聞こえていたから、楽しみながら番組を見ているのだろう。
妖怪くんは部屋に入るとテレビの真正面にしゃがんだ。テレビを見ていた二人組は目障りな奴が来たなと嫌そうな顔をした。ボクはどこに座ればいいんだろうと躊躇していると、妖怪くんは気にすることなくラックの上に置いているリモコンを手に取った。
まさかっ……この人。
ボクの悪い予感は的中して、止める間もなくいきなりチャンネルを変えてしまった。テレビを見ていた二人組は身を起こして「はぁ?」と驚いた。
妖怪くんに注がれる抗議の眼差し。彼はそんなものを一切気にすることなくテレビを見ていた。
その後、妖怪くんに聞こえるようにため息をついたり舌打ちをして部屋から出ていった。
妖怪くんは全く気にすることなくテレビを見続けている。
彼の代わりにボクは「すみません」と頭を下げて謝罪することになった。二人が出ていった後、妖怪くんの隣にしゃがんだ。
間もなく番組は始まって、いつものテーマソングが流れ始めた。
きゅうりー♪ トマトー♪ 焼け付く太陽ー♪
「この歌の冒頭って、なんて歌ってるか知ってますか? きゅうりー♪ トマトー♪の後ですけど」
ボクは得意そうに彼に話しかけた。「きゅうりー♪ トマトー♪」の後を聞き取れている人は意外と少ないのだ。
「どうでもいいです」
と、ボクの雑談は一蹴された。
「アシスタントのアナウンサー交代したんですね」というボクのつぶやきも「どうでもいいです」と一蹴された。
「美味しそうです」
と彼は涎を流しそうな顔でテレビを凝視していた。
「そうですね」
そう答えながら「いったいボクらは何をしてるんだろう」と思うとおかしくてたまらなかった。
こうやってテレビを見てる方が楽しいな。
はっきり言って誰かと寝ているよりも、妖怪くんと並んでテレビを見ている方が断然に楽しかった。チビの二人組がテレビの前にしゃがんでいて、傍から見れば、かなり風変わりに見えるだろう。休憩室を覗く人は何人もいたけど、テレビの正面にしゃがんでいるボクらの姿を目にすると「変なのがいる」という顔をして去っていっていった。
その日の星は2つだった。
<つづく>