絶対に会えてよかった<19>

テレビの真正面に二人でしゃがんでいるボクらの姿が異様なのか、最後まで部屋には誰も入ってこなかった。『チューボーですよ!』が終わるとCMが流れ始めた。

「そろそろ寝ます」とCMを眺めながら妖怪くんは言った。

ボクは彼の言葉から想像して「そろそろ寝ます」という言葉は、「ボクと一緒に寝る」という意味ではなくて、「一人で寝る」という意味なのだろうと解釈した。彼は終電を逃したらしく始発が出る5時まで店にいるしかないと言っていた。

「ボクはもう帰りますね」
「そうですか」

ボクも基本的に朝起きるのが早くて規則正しい生活習慣なので夜更かしができない。0時を過ぎたら眠くなってしまう。本気で有料ハッテン場で一晩を明かすなら、事前にきちんとした夕寝をしてからでないと無理だった。「店で寝てしまえばいいんじゃない?」という指摘が来るかもしれないけど、大体の店では音楽が鳴り響いていて寝れなかった。ボクとしては子供の頃から聴いているNHKの『ラジオ深夜便』でも流してくれれば、ゆっくり寝れるんだけど、NHKのアナウンサーの声を聞きながらヤリたい人は皆無だろう。一度、イヤホンを持ち込んでスマホのアプリで『ラジオ深夜便』を聞きながら寝ようしたことがあるけど、やっぱり店内の音楽の方がうるさくて寝れなかった。こんな変わったことをしたことがあるのはボクだけかもしれない。

「どこかゆっくり寝れる場所はありませんか?」

と妖怪くんから質問され、ボクは「うーん」と頭を捻りながら、店内の個室で鍵がかかっていて、人が使ってなさそうな部屋を思い浮かべた。

「あそこの個室なら空いてるかもしれません。行きましょうか?」

と言って彼を案内した。

妖怪くんと寝たりテレビを見ている間に、店内の廊下は人で溢れていた。その日、向井理(似)が帰った後も客の人数が増えていた。

店の呼び込みの掲示板を見ると「今日はイケメンいる」という書き込みがあって、その書き込みが呼び水になって、人が集まってしまったようだ。店内は客で溢れていて、既に個室が足りなくなっていた。集団部屋の前を通り過ぎると、布団からはみ出て廊下でヤッている人たちもいた。

ボクは「空いてるかな」とつぶやきながら、廊下でヤッている人たちを踏まないように注意して歩いた。そして妖怪くんを案内した個室は運良く空いていた。

その個室だけはシングルじゃなくてダブルの布団が置いてあって、なぜかいつも人の入りが少なかった。広い部屋のど真ん中にダブルの布団だけが敷いてあって、部屋も布団も広くて逆に使いづらいのかもしれない。

「よかった。空いてましたね」
「ありがとうございます」

そう言って彼は部屋に入って頭を下げた。ボクも「いえいえ」と頭を下げると、既に目の前のドアは半分ほど閉まっていた。そして無言のまま残り半分のドアが閉まっていった。ドアが閉まるとすぐに「カチッ」という音がして鍵を閉まった。

しーん。

ボクは鍵のかかったドアを前に、別れの挨拶もできずに廊下にぽつんと残されてしまった。

すごく変わった人だったな。

そのまま廊下に立って耳を澄ませていると、ガサゴソと布団を体にかける音が聞こえて、数秒後に静まり返ってしまった。

ボクは彼との会話を思い出して一人で廊下で笑っていると、男二人連れが目の前を通り過ぎて、妖怪くんの入った個室のドアを開けようとした。

「別の人が使ってますよ」

と声をかけると、「どっか空いてないかな」とぼやきながら去っていった。既に客は溢れかえってしまってテレビの部屋でヤッている人たちもいた。

こんな状態で前触れもなく人で溢れかえる日がある。

特に法則性もないけど、ボクの経験では冬場の12月から2月の金曜日か土曜日、この現象が起こることが多いように感じている。その日も少し雪が降っていて寒かった。

みんな寒さが体に染みて誰かの体温を感じたくて人肌が恋しくなるのかもしれない。きっと妖怪くんも同じように人肌が恋しくなって店に誘われてきたんだと思った。

「あの妖怪とヤッたの?」

ロッカールームで服を着ていると、ユウちゃんがやって来て声をかけてきた。

「一緒に寝ただけでヤッてないですよ」

彼はタバコを吸いながら「あんなのどこがいいの?」と質問してきた。

「うーん。ボクと彼はそんなに変わらないんですよ」
「どんなところが?」
「ちょっと説明するのは難しいです。とにかく色んな面でボクと彼は似てるんです」と答えると、「君は相変わらず変わってるね」と言ってカーテンを開けて去っていった。

ボクはコートを羽織りマフラーを巻いて、ロッカーキーを受付に返却してから靴を履いて店から出た。

雪で足をすべらないように注意しながら歩いて振り返ると、少し離れた場所に、ついさっきまで自分がいた店が見えた。

少しの間、立ち止まって店を眺めながら店内の様子を想像する。

ボクはこの瞬間が大好きだ。

あの建物の中で、ゲイたちが集まって一緒に寝ている姿を想像するのが好きだ。その日は、想像の中に個室に一人で寝ている妖怪くんの姿もあった。

それから約一年後。ボクは同じ店で妖怪くんと再会した。

<つづく>