絶対に会えてよかった<23>

そう言ってきたのは、同じクラスの「Sくん」という生徒だった。

ボクよりも身長が15センチくらい高くて、あまり勉強ができるような印象ではなかった。クラス内で「ヤンキー系」と「真面目系」の中間のポジションを立っていて、クラスの「弄られ役」だった。そもそも弄られることに抵抗がなかったようで、どちらかと言うと弄られること自体を楽しんでいるよう見えた。

「神原くん一緒に寝ようよ!」

そう言ってSくんは飛びついてきた。

ボクはクラスメイト全員の前でいきなり抱きつかれてしまった。

そのボクらのやり取りを後ろから見ていたクラスメイトたちが笑っていた。

合宿では寝間着代わりに、みんな紺色のジャージの体操服を着たんだけど、彼の体側服の襟先がボクの鼻に当たったのをリアルに覚えている。朝から同じ服を着ていたから、少し汗臭かった。

一瞬、ボクは思考が停止して彼に思いっきり抱きしめられたまま硬直していた。

そして我に変わってから「止めてよ!」と言って無理やり彼の手を振りほどこうとした。ところが彼のほうが体格もよくて、はるかに腕力も強い状態でビクともしなかった。

ボクは暴れまくって抵抗して、なんとか彼が体を離した隙に部屋から飛びした逃げた。そして廊下の先にある自販機が設置された休憩スペースに辿りついた。

休憩スペースでは、ジュースを飲んでいる他のクラスの生徒が数人いた。教師から「合宿中は自販機を使うな」というお触れが出ていたのをあっさり破っていた。

彼らは飛び込んできたボクを教師と間違えたようで驚いたけど、ボクだと分かると「ホモが来た」「どうしたのホモ?」と声をかけてきた。ボクは「いや。特に何もない」と答えて自販機にもたれて頭の整理を始めた。

何かがおかしい。

歯磨きに行った数分間で状況が一変する何かが起こっていた。

2分くらい経つと、同じクラスの生徒が休憩スペースに顔を出した。

そしてボクの姿を見つけて「ここにいたよ!」と後ろを向いて叫んだ。後ろの方でSくんが近づいてくる姿が見えた。

ここに来て、ボクはようやく状況が飲み込めた。

これは新手に「いじめ」だ。

もしボクがSくんの誘いに本気になって相手をしたら皆から爆笑されるだろう。きっと皆はボクが本気になってSくんと寝るようとすることを期待しているんだ。そしてSくんは自分からその役を演じることを買って出たのか、もしくはクラスメイトから強制させられたのかもしれない。ただ笑いながら近づいてくる彼の顔には嫌々やっている感じはしなかった。

きっと「自称ホモ」に対して「詐称ホモ」をぶつけて楽しんでるんだ。

だからSくんからの誘いを絶対に本気にしていけない。あくまで無視を続けないといけない。

ボクは休憩スペースの近くにあった三階に上がる階段を早足で登った。上の階は女子生徒が使っていたから、いきなり現れた男子生徒に対して不審な目を向けて来たので、ボクはさらに上の階に登った。

四階は誰もいなくて静まり返っていた。

ボクは下の階の方で騒ぎ声が聞こえなくなるまで、壁にもたれて廊下にしゃがんでから目をつぶって待った。

<つづく>