絶対に会えてよかった<29>

ボクは自分から口に出しておきながら「冗談だよね?」と笑いながらS君が言うのを待っていた。

ただボクの期待とは別に目の前のS君の表情はこわばっていた。

そして飛び跳ねるようにボクから距離を取って、そのまま走り去っていった。

ボクは一人ぼっち。自転車置き場に残されてしまった。

そんなに驚かなくてもいいじゃないか……だって君の方から「キスしようよ!セックスしようよ!」って言ってきたんだからね。

ただ、売り言葉に買い言葉といった状態で、ちょっとキツイ言い方をしてしまったのかもしれなかった。日々の嫌がらせに対して、それなりにイライラが溜まっていたのかもしれない。

どちらにせよ明日教室に入ったら、S君の口から今の事件の一部始終がクラスメイトに広まってるんだろうな。

そんな真っ暗な未来予想図を描きながら、憂鬱な気持ちで自転車を押して家に帰った。

でも既に自分の口から発してしまった言葉だから否定のしようもなかった。そして発してしまった言葉に後悔した。

ところが……翌日、学校に行っても、前日の事件を知っているクラスメイトはいなかった。

どうやらS君は他のクラスメイトには黙っていたようだ。ジャンでヌいたことがある発言といい、人間は本気でヒイた時には無言になるのかもしれない。

この事件の後、S君はよっぽどショックだったのか、卒業するまでボクに近づいてことなかった。そして、この事件からS君の存在感はクラスから消えていった。

毎日登校してるんだけど、物静かになってしまって卒業するまで目立つことはなくなった。その後もクラスメイトからのボクに対する冷やかしは続けいていたけど、S君は全く関与することがなかった。冷やかしもせず笑いもせずに、ただ黙って遠くから見ているだけだった。

たったボクの一言で。たった一日で。

なんだかS君の雰囲気が一気に「子供」から「大人」へと変貌していった感じがした。

彼の心の中でどんな変化があったのか全く分からない。

そんなに彼に対して恐怖感を与えてしまったのだろうか? 実際にボクと会って顔を知っている人は分かると思うけど、怒ったところで全く怖いとは思えないけど?

あの日から急にS君は大人びてしまって、ボクは少しだけ彼のことを見直した。

ただ、ボクと一言も口をきいてくれなくなった。

ただ、ボクと目を合わせてもくれなくなった。

彼の中でボクという存在はないものとして扱われるようになった。

「そんなにキスやセックスしたいのなら本気でしてあげようか?」

口には出して言ったものの、ボクはS君とキスもセックスもしたいと全く思っておらず、もし本気にされても困るしかなかった。本当に何気ない気持ちで口に出しただけだった。

S君へ。もう手遅れだけど、あの時は傷つけてしまってごめんなさい。

<つづく>