ボクはレジカウンターの上に「水のペットボトル」と「ストッキング」をそっと置いた。
店員の視線がカウンターに置かれた商品に注がれて、ほんの一瞬。0.01秒くらい固まった。
この人はストッキングを買って何をするんだろう?
少し年配の男性店員は、努めて平静な表情をしつつ、ストッキングを手にとって裏面のバーコードを通してくれた。
ボクは店員と極力目を合わせないようにした。
恥ずかしい思いで内心は一杯だったけど、ポケットの中に手を入れて澄ました顔をしていた。実際には吹かないけど、口笛を吹いているような澄ました感じを装っていた。
この瞬間に、誰か知り合いに会ってしまった時の言い訳もちゃんと考えていて、
「いやー彼女がゲロ吐いてストッキングが汚れてしまって買ってきてくれって言われてさー」
と、怯まずに断固かつ頑固に嘘を言い続けてるつもりでいた。もちろん店員もはっきりと聞こえるようにだ。この答えなら「なるほど。そうなんですね」と知り合いも店員も思うに違いなかった。
まさか
「ゲイ向けの出会い系の掲示板経由で会う人から、何に使うは分からないけどストッキングを買ってきてくれって言われたからさー」
と、本当のことを言う訳にはいかなかった。この答えに「なるほど。そうなんですね」と笑顔で間髪入れずに納得したら、見知らぬ人のためにストッキングを買っているボクの正気は棚の高い所に置いて、むしろ知り合いと店員の正気を疑うに違いなかった。
年配の男性の店員さんはプロの仕事で、顔に出さずに手早くレジ袋に入れてストッキングを渡してくれた。
会計を済ませてレジ袋を受け取って、
ここで焦って逃げるようにコンビニから出てはいけない。
ろ思って、これまた「やましいことなんか一つもない」という雰囲気を装いつつ、ポケットの中に手を入れて口笛を吹くような澄ました面持ちでコンビニから出ていった。
そして堂々とコンビニを出てから、そそくさと店の端の物陰に隠れた。
ついにストッキングを買っちゃった。
ストッキングを買ったことに対する恥ずかしさのせいか、コンビニから出てると冷や汗がどっと出ていた。心なしか駐車場にいる人たちの視線がレジ袋の中身を透かして見えているような気になる。平静さを保ちつつ冷や汗を乾かすために、さっき買ったペットボトルの水を飲みながら夜風に当たっていた。
しばらくすると若い男性がコンビニの左手の路地から現れた。そしてキョロキョロと辺りを見渡していた。
あぁ……あの人だな。
と思い、ボクは視線を彼に送った。
すると彼の方もボクの方に視線を送ってきた。
「やりとりしてた人だよね?」
「そうですよ!」
と、お互いに視線だけで会話をして間違いないことを確認した。
昔から思うのだけど、ボクはこの目だけで会話する短い時間が好きだったりする。しばらく声をかけないで、ずっと目だけで会話して、どこまでお互いに意思疎通ができるのか試してみたいと思う時がある。
お互いに間違いがないことを目で確認すると、相手の方から声をかけてきた。
「やりとりしてた人だよね?」
「そうです」
今度は視線だけじゃなくて、実際に声を出しての会話だ。
ボクは「これ頼まれた’モノ’です」と言って、彼にコンビニのレジ袋を渡した。
<つづく>