彼の名前は『ヨウスケさん』という。
出会ってみて瞬間に気が付いたのだけれど、物静かで真面目そうで眼鏡をかけていて、割と見かけはボクの好みのタイプだった。当時は落語会に興味がなかったので知りもしないけど、若い頃の春風亭昇太に似ていた。
「これを買ってくれってお願いして、本当に買ってくれたのは君が初めてだよー」
彼はレジ袋を受け取ってから嬉しそうに笑っていた。会話の語尾が「だよー」とか「なんだー」と伸ばすようなしゃべる方が特徴だった。なんだか彼の笑顔を見ているだけで、恥ずかしかった思いが報われた気がした。
うーん。やっぱりそうなんだ。普通の人は買わないよな。
と、我ながら見ず知らずに人のために『ストッキング』を買ってあげるという人の好さに呆れてしまった。彼から「お金払うよー」と言われたけど、どうせ今から彼の家に行くのだから、迷惑料を相殺する意味で「いいです」と断った。
「買うの恥ずかしくなかったのー」
「そリゃあ。恥ずかし買ったですよ。水と一緒に隠してレジに持って行きました」
「そうなんだーでも本当にありがとうねー」
彼は本当に嬉しかったようで「いい子だねー」と言って頭を撫でてくれた。
あのストッキングを何に使うんだろう?
好みのタイプから頭を撫でられてデレデレしながらも、ボクは彼の住むアパートに向かって一緒に歩きながら、大事そうにレジ袋の存在が気になっていた。
タイツのような素材が好きなタイツフェチの人がいるのは知っている。
彼はそれに似たフェチでストッキングフェチという可能性もあるかもしれない。でもまさか出会ってすぐに「ヨウスケさんはストッキングフェチなんですか?」なんて不躾な質問をすることはできなかった。
それと彼の横顔をそっと見ると、
この人なら女装したら絶対に似合いそうだ!
ということに事実に気が付いた。
女装に向いている顔だちと、向いていない顔だちがある。
ボクが初めてゲイ向けの出会い系の掲示板を通して、出会ったのが『イサムさん』という人だった。メールのやり取りだけでは、分からなかったけれど、実際に会ったみたらモロに女装した人だった。でもイサムさんは、体格も大柄で顔だちも濃くて、お世辞でも女装が似合っているとは言えなかった。
でもヨウスケさんなら女装している姿がすぐにイメージできた。
彼は体格も小柄で、肌も白くて、一つ一つの顔のパーツも小さくて、全体的に薄い顔をしていた。普通に女装しても違和感がなさそうだった。
でも、どんなに女装が似合っても、そもそもボクは女装している人には興味がないんだよな。
ボクは「ヨウスケさんが、ずっとボクの好みタイプの今の姿でいてくれたらいいのに」と願いながら、彼に案内されて、一抹の不安を抱えたまま部屋に入った。
<つづく>