絶対に会えてよかった<36>

ボクは眼前に突き出されたセーラー服とストッキングを前に戸惑っていた。

「どちらから言うと、ボクよりもヨウスケさんが女装する方が似合うと思いますけど?」

と尋ねた。さっきも書いたけど、女装するには「向いている顔」と「向いていない顔」がある。「薄い顔立ち」は女装に向いているけど、「濃い顔立ち」は女装に向いていない。ヨウスケさんは前者だった。それに比べてボクは後者だったので、自分の顔が女装には絶対に向いていないことが分かっていた。

もし彼の誘いに乗って女装したら、恐らくゲイ向けの出会い系の掲示板を通して、初めて会った女装子。あのイサムさんを超える生物が出来上がるだろうという予感がした。

「自分で女装するのは妙味がないんだよねー。俺は相手に女装してもらうと興奮するタイプなんだー」
「……」

まぁ……ボクとしては自分がセーラー服を着るのも困るけど、ヨウスケさんにセーラー服を着てもらっても困る。

ボクは女装している人には全く興味がないからだ。

ボクは私服姿のままでよかった。過去にも何度か書いているけど、何かのコスプレをすることに興味がなかった。どちらかというと男性の下着姿や全裸にも興味がなかった。有料ハッテン場でも裸の男性を見ても、「別に裸じゃなくていいんだけど、私服姿でうろついててもいいよ」と思うくらいだった。人間の肉体美というものに興味がなく、よく美術館の展覧会で、裸の男性の彫刻なんかが展示されていたりするけど、特に美しいなんて思わなかった。同じように男性の裸体を描いた絵画も展示されていたりするけど、特に美しいなんて思わなかった。美術品として美しいかどうかは関心があるけど、男性の裸体の芸術品を見ても、ボクの股間はピクリとも反応しなかった。

ヨウスケさんは「もしよかったら化粧品もあるよ」と言って、セーラー服のポケットから巾着袋を取り出した。中には口紅など良くわからない化粧品道具の一式が入っていた。それらの化粧道具をベッドサイドの端に置いた。ボクは反応に困りつって「これどうやって使うんですか……」と質問して、彼の丁寧に説明を聞きながらも、世の中には色んな趣味の人がいると思った。

彼はボクの好みのタイプだった。

年上で、外見も好みのタイプで、話し方も性格も穏やかで、少し寝たけどお互いの相性もよかった。

ただ……相手に女装をさせるのが趣味という唯一の点を除いてだ。

できれば彼の要望に応えてあげたかった。

例えばストッキングを履いてあげるだけなら、ボクには全く興味がないけど少しはやってあげたかもしれない。でも化粧をしてセーラー服を着て女装となると話のレベルが大きく上がりすぎていた。

「君なら似合うと思うよー」

と陽気な声を聞きながらも「絶対に似合わないと思います」と内心でつぶやいた。

ボクは彼のお願いにどう応えていいのか迷い続けていた。

<つづく>