絶対に会えてよかった<52>

ホテルに入るとフロントに立っている年配の男性の視線が突き刺さった。

でも流石に高級ホテルの従業員だけあって教育が行き届いている。明らかに胡散臭そうなボクに対しても、頭を下げて丁重に挨拶をしてくれた。

ボクも狼狽えて従業員に頭を下げ返して、いそいそと歩いた。

喫茶店ルームには遅い時間にも関わらず、品のよさそうな客が談笑していた。どうやら夜間帯になると、喫茶店からバーに店が変わるようだ。

ボクはいかにも宿泊客だという雰囲気を装いつつも、ホテルのフロントの前を横切って止まっていたエレベーターに飛び込んだ。

そして5階行きのボタンを急いで押した。

これじゃあ……まるで「売り専」だよ。

ディスプレイに表示されているエレベーターの階数を眺めながら思った。

大学生になってインターネットで詳しくゲイの世界を知るようになってから「売り専」の存在を知った。

その「売り専」を利用してみた人の体験談も読んだことがあった。もしくは「売り専」をやっている人の体験談も読んだこともあった。きっと「売り専」をやっている人が待ち合わせのホテルの部屋に行くときは、こんな気分だったのかなと想像していた。

「ボクのやっていること」と「売り専」との違いと言えば、「お金を受け取る」かどうかだ。

ちなみに、このホテルには数カ月後に何度か訪れることになる。それは就職活動の企業の面接会場になっていたからだった。

以下、妄想開始。

スーツ姿で真面目に面接官の質問に応えながら、

「学生時代に主に取り組んできたことは何ですか?」

と質問されて、

「主に『ゲイ活動』に勤しんできました」

と自信満々にボクは答えた。

「ほう?具体的にどんな活動ですか?」

と興味津々な面接官。

「夜中に野外ハッテン場を訪れて、ゲイの世界の見聞を広めてきました。もしくは有料ハッテン場を訪れて、ゲイの方と肉体関係を持って鍛えて来ました。それに出会い系の掲示板を通して、多くのゲイの方と知り合いってコミニュケーションを取ってきました。これらの経験を御社なら活かすことができると思いまして志望しました」

ボクはドヤ顔で答える。

「ほう。それは他の大学生にはできない貴重な体験をしましたね。我が社なら、その経験を絶対に活かすことができるでしょうね」

と感心する面接官。

数日後、採用通知の電話がかかってくる。

以上、妄想終了。

真面目に面接官の質問に受け答えをしながら、頭の中で全く別の妄想をしていてニヤニヤしそうになるのを抑えていた。この頃から、しょうもない妄想をする病気は始まっていたようだ。でも面接の間、「この夜の出来事」が何度も頭をよぎってしまったのは事実だった。

当然だけどその面接は落とされた。

数日後、不採用通知が郵便で送らてきた。

エレベーターは5階についた。

それにしてもだ。

こんな高級なホテルに泊まってるのなんて、どんな仕事をしてる人なんだろう?

高級でふわふわした絨毯が敷かれた廊下に降り立って思った。

<つづく>