ボクは緊張しながら高級カーペットを歩いて、目的地の「514号室」を見つけた。
ドアの前に立ってメールを送って相手を呼び出そうかと思ったけど、ここまで来てしまったらノックした方が早いと思った。
ボクは部屋の中いる相手の顔を知らなかった。それは相手も同じ状況でだった。
ボクらはお互いに写メの交換もしていなかった。
大学生になって1年目くらいから、携帯電話の画面がカラーになった。
それまでの携帯電話の画面は、長時間見てると視力に影響が出てきそうな、毒々しい緑色をしていた。画面がカラーになるのと同時に携帯電話に「カメラ機能」がつくようになった。ゲイ向けの出会い系の掲示板に「写メ交換希望」という文言が出回り始めたのもこの時期からだった。カメラ機能の普及と同時に出会い系掲示板には「画像掲示板」のようなスペースまで作られ始めた。多くのゲイが画像掲示板を利用していて、毎日のように自画像が投稿されていた。
「知り合いがいないかな?」と思って、画像掲示板の書き込みを確認していたけど、見知った顔に出会ったことはなかった。しばらく画像掲示板を見ていて気がついたけど、書き込みをしている人には、ボクの好みのタイプがいないことが分かったので、そのうち興味が無くなって見なくなってしまった。
ボクは残念ながら画像掲示板を使用したことがない。
写メの交換を希望されても、希望された時点で誘いを断るようにしていた。
中学時代や高校時代にカミングアウトしてしまった経験から、もう二度とゲイだとバレないように決めていた。自画像を送ってしまって後から後悔したくなかった。相手に送った自画像が、どこまで流通するかは分からないし、過去の経験から異常なくらい用心深くなっていた。
ボクは「514号室」の前に立って、そっとノックした。
しばらくするとドアが開いて、若い男性が顔を出した。
ボクと同じくらいの小柄な身長で、とても痩せていた。
この人は何か運動をやってるんじゃないだろうか?
無駄な肉が全くないくらいに痩せている彼の背格好を見て、そんな考えが頭をよぎった。
ボクより10歳年上だったけど、なんだか「カッコイイ顔」と「可愛い顔」を混ぜた顔をしていて、見る人によって、どっちにでも取れそうな顔をしていた。きっと女性からモテるだろうことが予想された。さらに童顔で大学のキャンパスを歩いていていると、大学生と間違われてもおかしくないように思えた。
あぁ……この人ならきっと大丈夫だ。
ボクは彼を見た瞬間に思った。彼の純朴そうな雰囲気が顔や服装から瞬時に感じられて安心した。
「入っていいよ」
彼もボクと同じように緊張と照れ笑いを混ぜたような顔をしていて、ドアを大きく開けて案内してくれた。
<つづく>