絶対に会えてよかった<63>

シャワーを浴びて出てくると、彼はぐったりと疲れてベッドに横になっていた。

もう帰ろうかな。

また売り専のような感じで肩身の狭い思いをしながら、ホテルのフロントの前を通り過ぎるのは憂鬱だったけど、ボクは誰かと一緒に眠るのは苦手だった。どちらかというと一人で寝たい派で、どうせ寝ている時間は二人でいても一人だと思っていた。

「そろそろ帰りますね」と声をかけようとか思っていると、逆に彼の方から「朝まで一緒にいて欲しい」と言われた。

まぁ……大学の授業なんて一回や二回サボっても関係ないしいいや。

そう思って彼に付き合って寝てあげることにした。

「今日の昼前に学会発表があって、それが終わったら新幹線ですぐに地元に帰ることになってるんだ」
「あの会場ならボクも何度か行ったことがありますよ。その会場の近くの京都市美術館の展覧会によく行ってて……」

そんな感じでベッドに横になって彼の頭を撫でてあげながら会話を続けていた。ボクと同じくらいの身長だったけど、とても細い体をしていたから簡単に抱きしめてあげることができた。

「本当のこと言うとね。男同士で寝たのって今回が初めてなんだよね。それで緊張して素面じゃいられなくてビールを飲んでたんだ」

と、ちょっと衝撃的なことを言われてしまった。彼は嘘をついて隠していたことを詫びてきた。

それから彼の身の上話を聞いて、彼はボクと同郷の地元の大学の医学部を卒業していることを知った。それからも地方に住んだままで都市部には住んだことがないと言っていた。

ボクたちの住んでいた街には有料ハッテン場なんて存在しなかった。

気になって自分の地元のゲイの世界が、どうなっているのか状況を調べたことがある。

有名な野外のハッテン場もなくて、どこかの公園で集まるにしても、事前に出会い系の掲示板で呼びかけてからじゃないと誰も集まっていないようだった。もし掲示板で呼びかけても1人か2人も集まればいいほうだった。掲示板上に「今〇〇公園にいます」という書き込みがあって「俺も〇〇公園に行きますね」なんて書き込みが会った後、「駐車場にとまっている〇〇の車です」「〇〇公園についたけど、そんな車いない」といった寂しいやり取りをよく見かけた。

ボクは子供の頃にカミングアウトしてしまって、地元にいづらくなって出ていった。

もしボクも地元に残って生きていたら、彼のようにゲイであることを隠して女性と結婚するという選択肢を選んだかもしれないと思った。その可能性は非常に高いと思っていた。親の期待に応えてあげて普通に生きていきたいという思いは強かったから尚更だった。

今は結婚して家庭を作って親を安心させてあげるという意味での期待には応えることができないと分かっている。だからせめて親には迷惑をかけたくないという意味で期待に応えたいという思いはある。事実、社会人になってから経済的に親に甘えたことは一度もない。実家に帰省した時に、料理を作ってくれる時しか甘えていない。むしろ親としてはもっとボクに甘えて欲しいと思っているかもしれない。

でも家庭を作って安心させてあげることができから、せめて自立しているという意味で両親を安心させてあげたいと思っていた。

<つづく>