ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ゲイとしての居場所作り2018年秋<8>

あまりに合理的な考え方も行きすぎると困ったもので、悲しいことにショウタさんから思考が「AI(人口知能)ぽい」と何度か言われた。

それは当たっていると思う。

ボクは何か手間のかかる出来事に遭遇すると「どうやって効率的に対応すればいんだろう?」と考えて、思考が急速に回り始める。そしてパズルのように「ああでもない。こうでもない」と考えて、そのパズルを組み合わせるのが、楽しくて夢中になってしまう性格をしている。私生活だけじゃなくて仕事面でも同じで、どうやって目の前の出来事を合理的に処理するか夢中になってしまう。

この辺が「津崎平匡と似てる」という点じゃないかと思っている。

ただ合理的な考えばかり優先している訳ではなくて、自分の直感もかなり信じている。

そもそも、こういったゲイブログを書いているのも、かなり不合理な行為だと思っている。毎日更新するなんて効率なんて完全に度外視している。ただボクの性格と照らし合わせると、毎日更新する方が不合理じゃなくて逆に合理的なような気がしている。結局は「とほほ」なことに自分なりに計算して「こっちの方が合理的だ」と、腑に落ちてから更新している。

ボクの中で、どこまで合理的な考えを優先させていて、どこまで不合理な考えを優先させているのか自分でも説明ができない。

最近、ゲイブログを書き始めている30代の人たちをぽつぽつと目にするようになった。

まだ書き始まったばかりのブログで、期待しながら心配しながら見守っている。

ボクがゲイブログを書き始めた当初は、なぜか30代で書いている人が少なかった。仕事が忙しくて書く暇がなかったのかもしれないけど、なんだかもどかしい思いをしていた。今でももっと同じ年代の人たちの書いている文章を読んでみたいと思っている。

このサイトも約2ヶ月も経てば、2年ほど毎日書き続けていることになる。最近は毎日書くこと自体が目的になってしまっていることもあって、もっと書く目的をしっかりと考え直さないといけないと思っている。

ボクも気が付けばとっくの昔にゲイブログ界隈では古株になっているようだ。

このサイトのコメント欄は以前から消していたけど、最近はSNSのボタン(twitterやブックマークやLINEなどの共有ボタン)も全て画面から消してしまった。もはやボクに連絡を取るには、このサイトのあるページに掲載しているメールアドレスだけになってしまった。消した理由はいくつもあって、ここに書けない理由もあるけど、一番の理由はtwitterをアカウントを消したのと同じ理由だ。

もっと別のことに時間を使いたいからだ。

このサイトの文章は別に多くの人に読んでもらいたいと思っていない。たまたま縁があって届く人にだけ届けばいいと思っている。

毎日更新してるからゲイブログの中でもアクセス数は多いほうだと思うけど、はっきり言って何件アクセスがあろうと興味がない。アクセス数を気にする時間すら無駄だと思っているくらいだ。

<つづく>