ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ゲイとしての居場所作り2018年秋<18>

彼と話してるときに「じゃあ次はいつ会いましょうか?」という話になるけど、「よかった次があるんだ」と考えて、ほっとしている自分がいる。いつの日か「次に会うのは、そのうち決めればよくないですか?」と言われて、そのまま別れることになるんじゃないかと不安に思うこともある。

次がある。

それだけで嬉しかったりする。

今までのゲイの人とは刹那的な出会いしか持てなかった。

ボク自身、過去にゲイの人から「ノリが悪い」と直接言われたり、露骨に態度で出されたこともあった。そうは言っても、ボクとしては見知らぬ人と関係を持つのに、どうしても用心して大胆になることはできなかった。そんな過去の経験から「彼からも同じように思われたらどうしよう?」と不安に思うこともある。

ただ、多かれ少なかれノンケのカップルにせよ、ゲイのカップルにせよ、皆どこかで同じような不安を感じていると思う。そしてボクだけでなく彼だって同じように不安を感じていると思う。

いきなりLINE上でブロックされて彼との関係が途絶えてしまうんじゃないかと不安に思う時もある。いきなり「お別れのメール」が入ってきたりしたらどうしようと怖いと思う時もある。

そういった恐怖心を抱くことをめんどくさいと思うこともあるけど、そういっためんどくさいと思うこと自体が、ボクの欲しかった物だった。

ゲイのカップルはあまりうまくいかないことが多いと、今まで出会ってきたゲイの人たちから聞かされていた。ボクがゲイの世界と距離を置こうと思っているのにも、彼との仲を壊したくない気持ちがある。 読んでる人たちの想像に任せるけど、いろいろな理由があって、ボク自身はゲイの人が多く集まっている場所に魅力を感じていない。自分勝手だけど本当に会いたいと思う ゲイの人とだけ会っていければいいと思っている。多分、その人に会いたいと思うのは、ゲイだからじゃなくて人として魅力を感じてるからだと思う。

ゲイの世界の人間関係の真ん中辺りに、自分の居場所を作る必要性を感じていない。むしろゲイの世界の端っこ辺りの方にこそ、ボク居場所はあると思う。

これはいつか書く予定だけど、ボクは職場の仲間を家族のような存在だと思っている。ただ彼らのことが大好きだけど、自分がゲイであること職場の仲間たちに知ってほしいなんて思っていない。ボクがゲイであることを知っているのは彼だけいいと思っている。それでボクの中のゲイの側面は満たされている。自分の親ですら知ってほしいと思っていない。

きっと彼とは出会う前に1キロ以内の距離にいたことが確実にあったはずだ。

お互いの福岡市での行動範囲もそこまで外れていないから、ジュンク堂や天神地下街辺りですれ違っていると思う。でもすれ違っただけじゃ、相手がゲイなんて分からないし、全く気にすることなく通り過ぎている。

ボクは夏にキャナルシティで『カメラを止めるな!』という映画を見た。そして自分が今からキャナルシティで映画を見ることをtwitter上に書いた。後で知ったけど、彼 はその書き込みを見て「いきなりキャナルシティに行ってみようかな?」と思ったと言っていた。ただ、いきなりそんなことをやっちゃうとボクがヒくと思って止めたと言っていた。ボクとしてはtwitterに書き込みをしながら「誰か福岡に住んでいるゲイの人がボクを見つけてくれないかな?」と願いを込めて書き込んでいた。彼がいきなり「自分も同じ映画館にいます」とメッセージをくれても、きっとヒかなかったと思う。むしろ嬉しかったと思う。

彼との縁が交差し始めた瞬間だったように思う。

ちなみに彼の方も後日、ボクと初めて会って話す時に共通の話題を作りたいと思って、同じ映画を観たと言っていた。その心づかいが、ただ嬉しかった。

今になって振り返ると毎日文章を書き続けることで、彼との縁の距離を数ミリずつ縮めていったように思う。

ボクの過去の出来事は沢山書いてるけど、正しい道を選んだことも、間違った道をことも色々あった。ただ毎日文章を書き続けてよかったと単純に思った。地道に文章を書くという道を選んでよかったと思う。

<つづく>