絶対に会えてよかった<79>

シャワーを浴びて戻ってくると「もう出ようか?」という話になって、彼は受付に電話した。

電話が終わってしばらくすると入口のドアがノックされた。ボクは彼からホテルの利用料を聞き出して「半分払います」と言って財布からお札を3枚ほど取り出した。彼は少しの間、躊躇した後に「じゃあ。もらっとくね」と言ってお金を受け取ってくれた。彼とは後腐れない関係で別れたかったので、受け取ってくれてどこかで安心していた。

それにしても男同士で部屋に一緒にいるのを見られるわけにはいかないよね。

そう思って店員から姿が見られないように壁の陰に隠れて入口の様子を伺っていた。どうせどこかに監視カメラがあって、男同士で入るのは見られていると思ったけど、建前上で姿を隠していた。

隠れている場所からは彼の背中だけが見えていた。彼はドアを開けてお金を渡していて、やり取りしている若い男性の店員の声が聞こえた。

彼は支払いを済ませて戻ってくると

「先に行くから2分くらい経ってから、降りてきて車に乗ってくれる?」

そう言ってドアを開けて出ていった。ボクは言われたとおりに頭の中でカウントしながら時間をつぶして、2分経過したことを確認してから階段を降りドアを開けて駐車場に出た。彼は既に車に乗っていてエンジンをかけて待ってくれていた。

他に客がいないことを確認して急いで車に乗るとホテルに入る時と同じように「頭を下げて隠してもらえる?」と言われたので、彼の言うとおりに身体を屈めて顔を隠した。

ボクはいったい何をやってるんだろう?

そんな自己嫌悪が沸き起こってきそうなので、それ以上に深く考えるのは止めた。

ホテルからの帰り道、彼とどんな会話をしたのか覚えていない。

ただ ボクの心配を他所に、彼はちゃんと待合場所だった金閣寺のターミナルまで送ってくれた。

別れ際に「また会える?」と聞かれたので「また機会があったらお願いします」と無表情のまま答えた。多分、これくらいの微妙な反応をしておけば「また会わない?」という誘いのメールは来ないだろうと思った。彼は経験が豊富そうだった。何よりも彼だけはイって、ボクの方はイってなくて、それだけでボクが考えていることは予想がつくだろうと思った。彼は「また連絡するね」と言ったけど、そんな言葉は適当な付き合いで言ってくれているのは分かっていた。ボクだって実際に連絡をもらっても困ると思っていた。

事実、その日以降、彼から誘いのメールは来なかった。

ボクは車を降りてから彼に手を振って別れを告げた。

すぐに携帯電話を開いて時計を見ると、彼と出会ってから別れるまで2時間も経っていなかった。

<つづく>