絶対に会えてよかった<82>

この人とは以前どこかで会ったことがあるような気がする。

今となっては彼の顔も話した内容も忘れてしまったけど、メール経由で会った時はぼんやりと覚えていた。

彼の後を歩きながら、いつどこで会ったのか思い出そうとしていた。彼はあまり顔を見られたくないのか、会話もなくスタスタと足早に前を歩いていた。暗い路地裏に入っていって、古い一軒家の前で立ち止まった。何かの伝統産業をやっているような家構えだった。裏戸から入って日本家屋に案内された。そして明るい部屋に入って彼の顔をよく見て、ようやくいつどこで会ったのか思い出した。

「あのー。以前『サポーター』で会いましたよね?」

彼は一瞬「えっ!」という顔をしたけど、すぐに表情を打ち消してから、

「サポーター? 何それ知らない!」

と答えた。

今はつぶれてしまったけど『サポーター』は京都市内唯一の有料ハッテン場だった。

「ボクが休憩室でテレビを見てる時に一緒にいて、そちらから誘ってきましたよね?」

彼はかなり特徴的な外見をしていたので忘れるわけはなかった。まだ30代(メール上では30代と書かれていたけど、50代かも?)の割にかなり髪の量が少なくて、ヒョロヒョロに痩せて細い体をしていた。

「河原町通りのハッテン場ですけど、そこで会ってボクの足を触って誘ってきましたよね? 覚えてませんか?」
「そんな場所知らない」
「まぁ……ボクの方も誘いを断っちゃったんですけど……」
「知らないな。記憶にないけど、人違いじゃない?」

ボクは別に彼のことを責めてる訳じゃないから、嘘をつかなくてもいいのに、彼は知らないと言い張った。

間違いなく彼のことを覚えていたんだけど、ムキになって「知らない」と嘘をつかれると「この人は他にも嘘をついてるんだろうな」と思うようになった。メールに書かれていたプロフもでたらめだったし、人として信用ができなくなってしまった。

彼も嘘をついてしまったせいか、なんだかお互いに気まずくなってしまった。

少しだけ雑談した後「すみません。もう帰りますね」と言った。でも特に引き止められはしなかった。彼の方も「じゃあ。バイバイ」と軽い感じで出口まで見送ってくれた。出る前に隣の部屋を見ると布団が敷いていて、枕元にはティッシュ箱が置かれているのに気が付いた。それを見ぬふりをして彼に別れを告げた。

彼と別れて家に戻ってから出会い系の掲示板を見ると、やっぱりボクの書き込みの数件ほど下に、彼とおぼしき書き込みがあった。

京都市内の〇〇辺りに住んでいる、30代の見た目普通な感じだけど今から会って話せる人いない?

そんな書き込みを読みながら「さすがに30代は無理だよ……」と思った。

ボクはこの日以降、彼の掲示板上のプロフや書き込み内容を覚えてしまった。しばらくすると彼の投稿に対して「年齢を偽りすぎ」とか「ハゲ」と言ったコメントがつくようになった。彼は負けずに過去の書き込みを消して、新たに同じ内容の書き込みを投稿していた。同じように叩かれても書き込みを止めなかった。そのうちボクは彼の書き込みを追うのを止めた。

もうボクの記憶には、彼の家の位置は残っていない。ただ京都市内の古い家屋で出会った人がいるということだけ覚えている。

確かに彼の書いてることは嘘ばっかりだったけど、ボクが大学を卒業する前に掲示板上から彼の書き込みは消えてしまった。ただ、それがいつ頃からなのかも覚えていない。

<つづく>