絶対に会えてよかった<90>

こんなにキスマークだらけになって大丈夫なのかな?

自分で大量につけておいてなんだけど、薄暗い店内でもはっきりと分かるくらいに、キスマークの赤いあざがついてしまっていた。もはや衣服を着ても隠せるレベルじゃないくらいに首についていて、大人なら一目見ればキスマークと分かると思った。

ついてしまったキスマークを今更になって消すこともできないし、ボクは心配になって彼が目を覚ましたタイミングで「ごめん。首がキスマークだらけになっているから、外を歩くときはなるべく隠した方がいいよ」と注意したけど、「別にいいです」と言って、気にするどころか嬉しそうな顔をして再び眠りについてしまった。

このまま朝まで一緒に寝る訳にはいかないと思って彼の体をゆすって「そろそろ帰りますね」言うと、目を覚まして「メールアドレスを教えてもらえませんか?」と訊いてきた。しばらく考えた後、「アドレスはちょっと……ボクは真冬にしか店に来ないけど金曜日の20時過ぎくらいに来て23時には帰るから、その時間帯なら会えるかもしれないよ」と言った。

そして最後に彼と抱き合って「さようなら」と別れを告げた。

どうせ彼と会うのはこれで最後だろうと思っていた。

彼は次に出会ってもボクのことなんて覚えてないだろうし、彼が他の若い男性に手を引かれて個室に入っていく姿をボクはただ眺めているだけだろうと思った。

彼と出会った冬。ボクは一カ月後くらいに同じ有料ハッテン場に行った。

そして、いつものように休憩室のこたつに入って体を温めていた。テレビではつまらない民放のバラエティ番組が流れていて、どうせ見ていても芸能人の区別なんてつかないから頬杖をついて目をつぶっていた。休憩室には何人かいて、みんなテレビを楽しそうに見ていた。「この状況でNHKのニュースにチャンネルを変えたら非難の嵐だろうな」「あの妖怪くんなら空気を読まないでそれくらいやるかもな」とくだらないことを考えてながら時間をつぶしていた。しばらくすると誰かが足に触れてきたので目を覚ました。

眼を開けるとこたつの隣の席に見覚えのある若い男性がいた。彼が嬉しそうな顔をして座っていた。

彼は「また会えましたね」と言って、ボクに近づいて誘ってきた。さっきまでいた他のメンバーは姿を消していた。「ボクみたいな年上でいいの?」と訊くと「年上の人が好きなんです」と答えた。よくよく考えてみれば、最初に彼と出会った時も相手をしていた男性は30代から40代だった。

彼にせがまれてボクは前回と同じように個室に入り横になって、彼の耳の下の辺りや、首の後ろの辺りを愛撫した。また別れ際にメールアドレスの交換をして欲しいと言われたけど断った。

翌年も同じ店に行くとまた彼と出会った。

彼はちゃんとボクのことを覚えていた。そして「自宅に来てゆっくり相手して欲しい」とせがんできたけど、ボクは彼が傷つかないようにやんわりと断った。ちなみに彼と関係を持ったけど、ボクの方は最後までイッたことは一度たりともなかった。ただボクとしてはそんなことは全く不満じゃなかった。ただ何となく彼とメールアドレスを交換する気にはなれなかった。

それから何度も彼と出くわした。その度に彼は甘えてきてボクにすっかり懐いてしまった。ただボクの方は彼の相手をしながらも、ずっと漠然とした不安を感じていた。

<つづく>