ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

自分が死ぬことへの心境の変化<上>

最近、「自分が死ぬ」ことについて考えるようになった。


冒頭からシリアスな言葉が飛び出してきたけど、別に深刻に考えているわけではないので安心して欲しい。仕事や散歩している最中、何かの拍子に「自分が死ぬ」ことについて、あれこれ考えているだけだ。


少し前まで、ボクは「いつ死んでもいいや」くらいに考えていた。


別に養う家族もいない。実家の両親からも独り立ちしている。もし交通事故にあっていきなり死ぬようなことになったら、実家の両親は悲しむだろう。職場の同僚や友人の何人かも悲しんでくれるかもしれない。でもそれ以外の誰かに対して特に迷惑をかけることはない。いつか両親が亡くなれば、この考えはエスカレートしていくだろうと漠然と考えていた。


ちなみにボクは「自殺したい」という願望をほとんど抱いたことがない。いやもっと正確に言うと全く願望を抱いたことがない。子供の頃から、両親や周囲の人たちから「精神的に強い」と言われてきた。今も仕事場で「うつ病には絶対にならなさそう」とよく言われる。別にボクの精神面が強いわけではなく、中学時代にカミングアウトしてから「死ね」だの「キモイ」だの「消えろ」だの散々に言われてきたけど、ボクには両親以外にも「この人とは確かに繋がっていた」と感じている人がポツポツといる。そういった人たちの存在がボクの精神面を支えてくれている。それにボクは自分が出来る範囲で真面目に生きているし、それでも何かを言ってくれる人がいても相手にしない。


でもボクには「死にたい」という強い願望もないけど、「生きたい」という強い願望も無かった。


ただ「生きるも死ぬもなるようになる」くらいにしか考えておらず、どうなるにせよ自分一人で始末をつければよかった。


それが最近になって考え方が変わってきた。


「いつ死んでもいいや」から「今は死ぬわけにはいかない」という思いが沸き起こってきた。


別に「今の自分の状態が幸せだから死ぬのがもったいなくて死にたくない」とか、そういった考えから沸き起こってきた訳じゃない。ボク自身は死んでしまえば、何も考えることがなくて「これで終わり」と済むだろう。


ただ、付き合っている彼を残したまま死ぬわけにはいかないと思うようになった。詳しくは書けないけど、ボクが今死んで彼の人生をこれ以上はややこしい状況にしたくないと思うようになった。


これ以上、彼のもつれた糸をややこしくさせてくはない。


だから今はまだ死ぬわけにはいかない。


こんな感情を抱くようになるなんて予想もしなかったのでボク自身も驚いている。


<つづく>