ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

気の向くままに書いてみる

なんとなく心に浮かんできたことを脈絡もなく書いてみる。

 

ブログを書く時だけど、書いているうちに筆というかキーボードのタイプが乗ってきて、当初予定していたのと随分違う内容になってしまうことが多々ある。2年間書き続けてきたけど、「これはいい出来だ」と感じた文章は片手もないように感じている。最初はいい出来だと感じていても少し経つと「恥ずかしくて消したい」と感じた文章は沢山ある。こちらは強く意識して書いていない箇所について共感の反応をもらったりすることも多々あった。どちらにせよ何も書かないよりは、なんでもいいから書いた方がいいくらいの思いで続けてきたし、今も続けている。

 

よくネット上に書いてあるようなことは書きたくないし、どこかの自己啓発本に書いてあるようなことを書きたくないけど、ここ数年間、社会情勢を観察していて個人レベルで発信することの重要性が高まっているとつくづく感じている。

 

例えば、以前は企業などが間に入らないとできなかったのに、個人間レベルで対応可能になってしまうようなスマホのアプリなどのサービスが沢山出て来ている。そういった新たなサービスを見つける度に、個人の存在感がどんどん増していると感じている。

 

このサイト上で何度か書いているけど、僕は今、彼と一緒にやっていることがある。

 

そのこともネット上で発信していきたいのだけれど配信の仕方について考えることがあり躊躇している。例えば、もしサイトを立ち上げて発信すればゲイという側面とは全く無関係なサイトになる。このサイトとの関係性を持たせるべきなのかなど、他にもいくつか理由があって悩んでいる。今でこそ、こんな風にネット上に文章を書いているけど、そもそも僕はかなりの恥ずかしがり屋だ。ただ彼と「こういう風に将来していきたい」というイメージがあって、そのイメージを実現するためには、いろいろ動きながら何らかの形で発信していくことが近道のような気がしてならない。

 

今までの経験上、あれやこれや諦めないで続けて試していて時間が経てば、いつかは解決する糸口が見えてきた。自分の手で解決してきたこともあるだろうけど、以前からいた周囲の人だったり、新しく目の前に現れた人だったりと、いつの間にか助けてくれる人が現れてくれたように思う。誰かが頑張っていれば、それに気が付いて手助けしてくれる人は現れてくる。僕は集団になっている人間は苦手だけど、個人としての人間は大好きだ。

 

話は変わる。

 

そういえば付き合っている彼の初対面の印象から「僕と育った家庭環境などが似ている」と感じた。表情や服装や話し方や会話の内容から、なんというか全体的な印象で直感した。お互いに探り探りだったけど、彼も「似たような価値観を持っていそうだ」と感じていたのではないかと思う。

 

そして「僕と確実に似ている」と感じたのが2回目に会った日だ。

 

夜中に大濠公園の中路を散歩している時に彼が言った言葉だった。

 

「この人は僕と同じ考えを持っている」

 

そんなことを思いながら、いくつかの言葉を聞いて嬉しくてなって笑ってしまった。

 

僕はゲイだけど同じゲイの人たちの大多数に対して思っていることがある。

 

もしかしたら彼は僕の書いた文章を読みながら、僕の文章に書けない裏を読み取って、恐らく僕になら話しても否定されないで共感してもらえると思って話したんじゃないだろうか。彼の言葉を聞いて「この人となら仲良くなれそう」と直感した。多分、彼の言ったいくつかの言葉は、僕が同じゲイの人たちからずっと聞きたいと思っていた言葉だったんだと思う。過去に大学時代から同じゲイの人たちと会ってきてけど、ずっと聞くことができなかった言葉だったんだと、少し後になって気が付いた。

 

ちなみに、この言葉に関してだけど、過去に二人のゲイブロガーがほぼ同じことを書いていた。直接的な表現は避けて短く書いていたけど、「この人たちも同じ考えを持っているんだ」と嬉しく感じた。もう1年近く前に書かれた文章で、その人たちはサイトの更新を止めてしまっている。今となっては日々更新されるネット上の文章に埋もれてしまって誰も気がつかないだろう。

 

ある時期から、特定のブロガーが更新しているのに気が付いたらLINEに貼りつけて彼と情報共有している。つい先日、リンクを張って更新を知らせたら彼の方が先に読んでいたこともあった。他にも「へぇー」と共感する文章を見つけたらリンクを貼ったりしている。そして時々はブログの文章について感想を言い合っている。

 

やっぱり同じような考えを持っている人を見つけた時や、自分でも考えていたはずなのにはっきり意識していなかったことが文章に書かれているのを見つけた時は嬉しかったりする。そして周囲にいる共感してくれそうな人たちにも読んで欲しくなってくる。もしかしたら他のゲイの人たちも、恋人関係や友人関係で同じようなことをしている人はいるのではないだろうか。

 

彼の方は2018年の2月か3月くらいから僕のサイトを読み始めていたらしい。それから最初のメールをくれたのが7月。その間、約4ヶ月近くあった。文章を書いている方としては、誰が読んでいるなんて分からない。彼と出会ってからは文章の感想を直接聞いたりできるけど、4ヶ月間の文章を彼がどんな気持ちで読み続けていたんだろうと思う。僕は何も気がつくこともなくLGBTシンポジウムに行ったり東京に行ったりしていた。

 

アクセス数という見えるものではなく、文章を書いている本人が気づくことはないけど、いつの間にか気がつかない所で人の輪は広まって縁は近づいているのかもしれない。どこかでネット上の文章を誰かが読んでいて、ゆるいつながりのような縁は始まっているのかもしれない。

 

最後に。

 

僕と彼の中で「ゲイ」というのは共通点の一つに過ぎないのだけれど、そもそもこの共通点が無かったら、こうやって会って話すことは絶対になかっただろう。それに、こうやって誰かのゲイブログを読んで文章を書くこともなかっただろう。この共通点が僕らの関係の根幹にあることは忘れないで大切にしていきたい。