おのぼり二人紀行<16>

僕たちは街並みを眺めながら40分近くバスに乗って川口駅に辿り着いた。それからバス亭で降りて目の前の階段を上って駅の改札口に向かった。

 

僕は階段を登り切った所で「ある人」がいないか探していた。

 

このサイトで何度か名前が出ているけど、工藤慎太郎さんという歌手が川口駅で路上ライブをやっている。まだ夕方と時間も早かったし「今日はやっていないだろうな」と思いつつ周囲を見渡したけど、やっぱりいなかった。

 

それよりも僕は階段を上ってから道行く人たちを見て少し精神的に疲れてしまった。

 

彼に疲れた理由を話すと、彼も過去にこの辺に来た時に同じように感じたことがあるらしく、ぽつぽつとお互いの感想を述べて電車に乗った。その後、川口駅から京浜東北線に乗って上野駅に着いた。「まさか二日も続けて上野に来るとはね」と言いつつ、アメ横近くにある「故郷味 上野店」という店に入った。店員はもちろん客の大半も中国人(朝鮮族)みたいだった。

 

そこで牛ハチノスと牛肉の和え物、細切り豚肉のピリ辛炒め、ラム肉の串焼を注文した。

 

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どの料理もかなり辛くて汗だくになりながら食べた。食事の途中、僕は急に元気が出て来て「なんか猛烈に元気が出てきた!」と言って、出された料理を一気に食べ尽くしてしまった。原因は分からないけど唐辛子が沢山入った料理を食べた効果なのかもしれない。暑さにやられてだるかった身体がメラメラと燃え上がるように感じて一気に元気を取り戻した。

 

店を出ると外はすっかり暗くなって涼しくなっていた。ちょうど上野では何かの祭りをやっている最中みたいで神輿を担いだ人たちが声を上げて賑やかだった。僕たちは祭りの喧騒を避けて上野公園に向かった。

 

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人通りが少なくてのんびり夜景を眺めながら不忍池を沿って散歩して正岡子規記念球場の側を通り抜けて、国立西洋美術館の横の道で足を止めて道端にしゃがんで会話をした。

 

彼は「昨日から一緒に思い出の場所を歩いているけれど、過去のことを思い出しながら歩いている」というようなことをポツポツと話し出した。話を聞きながら、ポンポンと彼の頭を撫でてあげた。彼は時々だけどすごく不安そうな表情をする時がある。そういう時、周囲に人がいる場合もあるけれど、あまり気にせず頭をポンポンと撫でるようにしている。

 

僕としては言われるまでもなく彼が過去の思い出と重ねてることなんて気が付いていた。恐らく彼の思い出の中では、ゲイとして側面での東京の思い出はそんなにないだろう。彼がゲイとしての面に向き合って行動を始めてからまだ日が浅いからだ。もっと別の面での思い出が大半を占めているはずだった。

 

僕は東京にいる間、ゲイ向けの出会い系の掲示板には一度も書き込みしていなかった。有料ハッテン場には福岡に引っ越しが決まってから一度だけ行ったけど社会見学だけで終わった。ゲイとしての側面だけ見ても全くと言っていいほど活動していなかった。ゲイの側面以外では、平日はアパートと仕事場の往復。休日はアパートと喫茶店の往復。そんな感じでかなり狭い活動範囲だったので、彼のような思い出らしい思い出もなかった。今回の関東旅行で「どこか行ってみたい思い出の場所はないの?」と訊かれたけど、今更行ってみたい場所はなかった。

 

僕は彼の話を聞きながら「楽しい思い出も辛い思い出も含めて、何か思い出すものがあるだけでもマシなのではないか。よっぽど人間らしいのではないだろうか」と思っていた。

 

<つづく>