おのぼり二人紀行<17>

ちょっと話が逸れてしまうけど、この機会に少しだけ書いておく。

 

人間誰しも過去に悲しいことや辛いことや苦しいことを経験する。そして自分以外の相手を自由に制御することなんてできない。自由にできるのは自分自身の限られた範疇でしかない。その限られた自由を恨みや怒りとして誰かにぶつけ返すのに使わないでほしいと思う。悲しいことも辛いことも苦しいことも全部受けとめて大きな笑顔で返すしかないと思う。それがある人にとっては矜持なのかもしれない。あまりうまく表現できないけど、この頃よくそんなことを考えている。

 

僕らは30分くらい経って「そろそろ宿に戻ろうか」と言って立ち上がった。

 

その時、ちょうど視線の先に国立西洋美術館にあるロダンの作品「地獄の門」が目についた。僕はその場に立ち止まって少しだけ鑑賞した。

 

f:id:mituteru66:20190702140936j:plain

 

上野駅までたどり着いて電車に乗ろうとすると、彼が「宿まで歩いて帰らない?」と言い出した。電車を使って遠回りして帰る時間と、このまま歩いて帰る時間の差がそこまでないみたいだった。僕もスマホの地図アプリで確認すると上野駅から蔵前駅まで確かに歩いて帰れないことはないと思った。こんな機会でないと裏町を歩くことはないから、のんびり散歩しながら宿に戻ることにした。上野駅近くに行列ができている店があって「何の店かな?」と思って見てみると『一蘭』という見慣れた看板が目に入った。福岡の街を歩けば頻繁に目にするラーメンチェーン店に行列を作っているのを見て驚いてしまった。少し歩くと今度はマリオカートの車に乗った集団とすれ違った。僕たちは上野駅から浅草方面に向かう住宅街をまっすぐ歩いた。そして蔵前駅があるぐらいのタイミングになって南に向きを変えて宿まで帰り着いた。

 

その後、部屋に戻ると僕は洗濯をしないと気が済まない性格なので彼に洗濯物を全て出すように伝えて、二人分の洗濯物を持って洗濯機の中に放り込んだ。歯磨きをしてシャワーを浴びてから洗濯機まで戻ると、ちょうど脱水まで終わっていたので回収して部屋に戻ってから室内に干した。体はとても疲れていたけど今日一日の汚れを落としてすっきりしてから眠りたかった。

 

その後、すぐに就寝……

 

する訳もなく2日間続けて、まぁいろいろやることはやった。

 

その後、それぞれのべッドに戻った。

 

その後、次こそすぐに就寝……

 

するはずだったけど、彼のいびきがうるさくて深夜1時くらいに目を覚ました。ついでの部屋が蒸し暑くて、再び眠りにつくことができなかった。

 

僕は彼のいびきを聞きながらクスクスとベッドの上で笑ってしまった。多少のいびきであれば気にせずに眠ることができるのだけれど、笑ってしまうくらいにボリュームが大きかった。いびきなんて誰でもやるものだし、僕だって大きないびきをかくときはかくので眠れなくなっても気にしない。

 

僕は子供の頃からラジオの音量に下げて微かに耳に聴こえるくらいにして、ちゃんと聴くともなく、ただ流しながら眠っていた。真っ暗の闇の中で一人で寝ていると世界中に誰もいなくなってしまうような気がするけど、ラジオから流れる声を聞いていると、この世界に誰かがいる気配が感じられて安心して眠れるからだ。こうやってラジオに代わりに彼のいびきや寝返りの音を聞いているだけでどこか安心することができた。

 

その後40分くらい経つと、彼のいびきはピタリと止んで静かになった。ちょうど夜の冷気を受けて部屋も涼しくなっていたので僕も眠りにつくことができた。

 

そのまま今度こそ朝までぐっすり眠った。

 

<つづく>