おのぼり二人紀行<31>

4月に貸農園で農業を始めて、僕は仕事が終わって夕方から畑に行くようになった。

 

そしてスマホで写真を撮って彼に送り生育状況を共有していた。さらに夜になると電話で「きゅうりが大量に収穫できたよ」とか「テントウムシダマシが大量に発生していたよ」と話していた。そして「次はこの対策をしようね」とか「これを植えよう」といった計画を立てて、お互いに休日になると一緒に畑に行って作業していた。

 

僕にとっては農業は未知の分野だったので新しい発見の連続だった。

 

この植物が、どれくらいの期間で成長して、どういう形になって実を付けるのか、どういった病気にかかるのかも知らなかった。食物だけじゃなく、この虫がどういった時期に現れて、何科の植物を狙っていて、ある時期になると消えて次の虫に交代していくのかも知らなかった。さらに季節や気象も関係していて、農業をやっている人なら当然知っているようなことを全く知らなかった。

 

そもそも僕は農業に関しては全くの未経験者だった。

 

一方、彼はもともと植物が大好きで過去にも何度か貸農園を借りたことがあった。

 

そんな僕が農業をやってみたいと思ったのには、幾つか理由がある。

 

僕は今でこそ福岡で生活しているけど、これまでの人生、実家のある県だったり、関東だったり、関西だったりと日本各地を転々としてきた。自分がゲイであることもあって、なるべく実家から離れて生きてきた。今も1年間に2回~3回帰省するかどうかで2日も滞在すればいい長い方ぐらいだ。それなら新しい土地で根を張って生きていけばいいのかもしれないけど、それも難しかった。

 

まるで根無し草のような状態だった。

 

福岡に住み始めた時も「次はいつまでこの街に住むのだろう?」と歩きながら考えていた。幸いなことに転職してから福岡でやりはじめた仕事は順調だったので、しばらく経ってから「このまま福岡で生きていくのもいいな」と思い始めていた。

 

それから

 

どうにかして福岡という土地に根を張って生きていけないだろうか?

 

と考えていた。

 

まだ彼と付き合い始める前、僕はあれこれ考えて福岡に根を張る方法を模索していた。でもいい案は見つからなかった。これがノンケの男性であれば女性と結婚して、子供を作って、家を買って、そういった自然な過程を通して自分が住んでいる街に根を張って生きていくのだろう。でもゲイの僕には無理だった。周囲の同年代は、どんどん結婚していくし、みんな子育てに忙しくなっていた。

 

そんな中、彼と出会って付き合い始めてから「植物好き」だということに気が付いた。


最初の頃は、「へえー植物好きなんだー」と思いながら、彼が過去に貸農園を借りていた話や、「あの植物を育ててみたい」といった話を聞くだけだった。そんな中、僕の頭の中で、ふと「僕も彼と一緒に農業を始めてみたらどうだろうか?」と思いついた。

 

僕も植物を育てながら福岡という土地に根を張ることはできないだろうか?

 

そんなことを考えるようになった。

 

過去に一人でいた時に、あれこれ模索して諦めていた問題の解決への糸口が見つかったような気がした。僕はゲイで子供もできないけど、それなら代わりに農業を通して福岡に根を張って生きていきたいと思った。農業を通して地元の人たちとの繋がりを作ることができるんじゃないだろうかと思った。

 

そんなことを思いながら彼と一緒に農業を始めてみたけど、そもそも僕はこれから先の時代、農業に限らず「手仕事」というものに可能性があるように感じている。

 

<つづく>