過去との決別<5>

僕たちは一緒に店を出たけど、既に終電も終わっていた。それに田舎町でタクシーもなかなか捕まらなかったので、駅まで歩くことになった。きっと駅まで歩けばタクシーが停まっていと思った。ほとんどの家の電気は消えて人影も無くて、街灯と信号機の灯りだけが道を照らしていた。

 

僕たちは高校時代の思い出話をしながら暗い道を歩いた。

 

ただ、僕は何か嫌な予感がしていた。それで話に集中しておらず、早く駅に着いてくれないかとばかり気にしていた。なんとなく彼の身体が近づいているように感じたので僕は少し距離を取っていた。

 

「そういえば神原って本当に『ホモ』じゃ無くなったの?」

 

彼はそんなことを唐突に言って来た。とうとう彼が一番知りたかった話が来たと思った。

 

「もともと冗談で『男が好き』って言っていただけだから。まさか男で抜くとか本当に言う訳がないよ。そんな馬鹿いないよ!」

 

僕は軽く流すように言った。まさか本当に男で抜いた上に、それを周囲に言った馬鹿がいるのだけれど。

 

「そうなんだ……でも男を好きになる気持ちは分からないでもないんだよね」

 

彼は少し暗い顔をして言った。

 

高校時代、カミングアウトしていた僕に対してキツく当たっていた彼から、そんな優しい言葉を聞くことになるとは思わなかった。

 

それから彼は「◯◯所の駐車場にホモの人たちが集まる場所があってさ、どんな場所か気になったから前に行ったことがあるんだよねー」と言ってきた。僕は「ふーん」と興味の無さそうな返事を返した。

 

彼の家から◯◯所まで徒歩でも行ける距離だった。

 

彼が言った「◯◯所」という場所に、僕は心当たりがあった。

 

以前、インターネットで、「自分の実家近くにも発展場はあるのかな?」と気になって調べたことがあったからだ。「まさか田舎町にハッテン場はないだろう」と思いながら検索すると、子供の頃から遊びに行っていた身近な場所が、野外のハッテン場だったりして驚いた。その時に「◯◯所」の駐車場が待ち合わせ場所になっていることを知った。真夜中に、その駐車場で待ち合わせして車内で肉体関係を持ったり、どこかの公園やホテルに移動したりする場所と書かれていた。

 

彼は駐車場で見た出来事をポツポツと語っていた。

 

僕は「へぇー。そうなんだー」とか全く興味が無さそうな振りをして話を聞いていた。

 

やっぱり彼はゲイなんだ。

 

彼が野外のハッテン場のことを知っていて、そこまで行ったことがあるということは、かなり高い確率でゲイだということを示していた。それに発展場の話をしながら、僕の方に近づいているのがひしひし感じられた。彼は車の中で肉体関係を持っている人たちを目撃したと言っていたけど、恐らく彼自身が体験したことかもしれないと思った。

 

一瞬、「彼になら真実を打ち明けてもいいかも」と思った。

 

僕は高校時代と全く変わらず男が好きなままだよ。

 

そう伝えてあげたいと思った。

 

彼の苦しい気持ちは分かる。僕は高校を卒業して実家から離れていた。一方で彼はずっとこの田舎町で生きていた。彼が高校時代から自分がゲイだということを認識していたのかは分からないけど、身近な人たちにはカミングアウトできずに隠して生きているに違いない。

 

でも、もう僕と彼とは生きている場所が違っていた。

 

僕は実家を離れて生きていくことを選んでいたし、彼は実家から離れることなく生きていくことを選んでいた。

 

この先、彼とはもう二度と会うことがないよね。

 

そう思うと、あえて彼に真実を話す必要性もないように感じた。そもそも、この日の夜に僕が高校時代の同級生と会ったのは「『ホモ』だと言っていたのは冗談だった」と認識させるためだった。

 

結局、僕は最後まで彼の話を興味がなさそうな振りをして聞き続けた。そして駅までたどり着いてターミナルに停まっていたタクシーに乗って家に帰った。タクシーの中から手を振って別れて、彼の姿が見えなくなってから「これで本当によかったのだろうか?」と考えていた。今でも、「もし彼に真実を打ち明けていたら、どうなっていただろう?」と思い出すことがある。

 

あの夜から、もう10年以上経った。

 

あれから僕は高校時代の同級生たちの集まりに一度も顔を出したことがない。中学時代の同級生たちの集まりにも一度も顔を出したことがない。そういった集まりに全く顔を出さなかったので今では連絡も来なくなった。

 

僕はもうノンケの人たちの前で、自分がゲイであることを打ち明けることはしないと決めていた。あの日の夜から自分の過去と決別して生きていくことを決めていた。自分の選択が正しいのかは分からないけど、ただ、そうしないと先に進めないような気がしていた。

 

きっと同級生たちが集まって「そう言えば同じ学年にホモの奴いたよねー」と話題にしていることもあるかもしれないけど、もう僕には関係のないことだった。笑う人には笑わせておけばいいと思った。

 

この日の夜を、僕としてはカミングアウトしていた過去への一つ区切りとするつもりだった。

 

<おわり>