カミングアウトの代償<10>

 手紙が川に流れて見えなくなるまで見送った。そして土手の道に戻って自転車を押して歩いた。

 ボクにはついさっき手紙をくれた女の子の顔を思い浮かべることもできなかった。

 女性の顔を覚えることができないのは、そもそも女性に興味が持つことができないのが原因かもしれない。そう思うと手紙をくれた彼女に申し訳ない気がした。

 ボクは、この川沿いの土手の道を通学路にしていたが、この道を通学路にしているのにも理由があった。高校一年生の頃に好きになった他校の先輩の横溝さんと何度かすれ違ったのが、この土手の道だったからだ。ボクはやっぱり男性しか興味が持てなくて未練がましくも、まだ横溝さんのことが好きだった。彼が大学生になって他県に行っても偶然すれ違うことがあるかもしれないと、万に一つもない偶然を期待して毎日この道を通っていた。

 いつか手紙をくれた女の子や彼女の同級生達に、ボクの正体をバレるのではないかと思うと、家に帰ってからも気が重たかった。

 ホモであることが新たに何人かの女性にバレても、ボクには問題はなかった。既に学校内でも何十人もの女性がボクがホモであることを知っていた。

 むしろ手紙をくれた彼女が、ホモを好きになってしまったという烙印をつけられてしまい同級生達に虐められたりしないか心配していた。

 いっそのこと手紙をくれた彼女もボクの正体を知って、ボクに対して罵詈雑言を浴びせてくれる方が気が楽だった。彼女がボクに対して直球で「気持ち悪い」とか「死ね」言ってきても、もちろん少しは傷つくけれど無視できる自信があった。

  彼女が「ボクに好意を抱いたことによって同級生達から傷つけられる立場」になるより、「ボクを相手にでも傷つける立場」になってくれた方が、ボクとしては気が楽になれた。

 翌日の朝、どうしても学校を休みたかったけれど、悩みを先延ばしして仕方がないので学校に行くことにした。ボクは憂鬱な気持ちで教室のドアを開けた。

<つづく>