ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。現在は隠れゲイ@福岡。過去の思い出や現在のことを綴っていきます。

同性愛者の親になるということ

 最近、このサイトで高校時代のことを書いているけど、その勢いで、ある出来事について急に書いてみたくなった。とっても嫌な思い出だ。今日という日を逃すと、ずっと先に書くことになりそうだから、この機会を逃さずに書いてみようと思う。

 それは高校の卒業式の日だった。

 卒業式が終わって、ボクらは体育館から自分達の教室に戻り、先生が戻って来るのを待っていた。そして生徒の後をついて来て、卒業式に出席した親達も教室に集まっていた。

 何人かのクラスメイトが親と仲良く話していたが、ボクは母親と目を合わせないようにしていた。ずっとクラスメイトと雑談をしていて、母親が話しかけて来る機会を作らせないようにしていた。

 しばらくすると先生が教室に戻って来た。そして最後の行事として、生徒の名前を一人ずつ呼んで、教室の前に立たせて先生と握手をして卒業証書を渡すことになった。

 ボクは自分の名前を呼ばれるのが嫌だった。先生がボクの名前を呼んで前に立ってしまえば、後ろに並ぶ親達に、ボクの名前と顔が一致してしまうからだ。

 以前から「俺の親も、神原ってホモがクラスにいるの知ってて興味深々なんだけど」と、幾人ものクラスメイトから、同じような発言を聞かされていた。確かに……自分からゲイだなんて、カミングアウトする生徒は滅多にいないだろうし、親と雑談していて流れで、その話が出てしまうのは分かる。クラスメイトを責めるつもりもなかった。

 次々に生徒の名前が呼ばれて、気がつくとボクの順番になっていた。

「神原」 

 先生の呼びかけに、ボクは小さい声で「はい」と応えて、教室の前に進み出た。後ろに並ぶ親達の視線が痛かった。

「あぁ……この子がホモなんだ」

 後ろに並んでいる親達の何人かが、そう思ったに違いなかった。そして、さらにこう思ったのに違いない。

「きっとこの子の母親も、私達と同じように後ろに並んでいるんだろう」

 ホモの母親という目で、自分の母親を見られたくはなかった。ボクが母親と会話をしないようにしていたのは、このためだった。

「大学に行っても頑張れよ!」

「はい……」

 ボクは居心地の悪さに、小さく返事をして先生と握手を交わした。そして自席に戻る時、ボクの視線の先には自分の母親がいた。母親は嬉しそうに笑っていた。でもボクは目を合わさないで席に座って、下を向いてただ時間が過ぎるのを待っていた。

 先生の最後の挨拶も終わって、卒業式の行事が全て終わった。ボクは急いで母親の元に行った。

「村上くんと一緒に帰るね」

 そう母親に言い残して、教室から出て行った。ボクは卒業式に出てくれた母親と、この一言しか会話をしなかった。

 ボクは自分がゲイだと見られることには耐えられた。でも自分の母親が似たような目で見られることには耐えられなかった。

 母親に申し訳ない気持ちで一杯だった。 ボクが母親のためにできるのは他人のように 振る舞うことだけだった。どれだけ母親を傷つけただろう……でも母親はボクの考えていることなんて全く気がつかないだろう。

 同性愛者になってしまってごめんね。

 ボクが他にできることといえば、心の中で母親に頭を下げることしかなかった。

  大人になっても、未だに高校の卒業式のことを思い出すと胸が締め付けられる思いがする。これは大学生になってからカミングアウトを控える、きっかけとなるの一つの出来事だ。