カミングアウトの代償<19>

 この街にはもういられない。

 ボクがこの街にいたら、いつかきっと親に迷惑をかけてしまう。姿を消していれば、いつかきっとボクの存在も、みんな忘れてしまうだろうと思った。

 ボクは大学生になってから、最低限の回数しか実家に帰っていない。ボクがほとんど実家に帰らないから、親の方からボクが住んでいる街に遊びに来る回数の方が多いぐらいだ。

 就職活動を真面目にやったのは実家に帰りたくなかったからだ。そして転職する時も実家近くは避けて転職先を探した。もしこの街の会社に就職すれば、いつかきっとボクの過去を知っている人が目の前に現れるに違いない。たまに実家に帰っていて、少しブラブラと街中を歩いただけでも、何人もの知り合いに出会う田舎の街だ。そうなれば、ゲイであることを隠して生きることはできなくなる。

 ボクはこの街を出ていくことを決めた。

 高校を卒業してから、心のどこかでいつも恐怖心を抱いて生きてきた。ゲイであることを隠して生きているのに、中学時代や高校時代のボクの姿を知っている人が現れたらどうしようと、いつも心のどこかで怯えていた。そして実際に何人かが、ボクの目の前に突然に現れて怯えさせた。

 笑える話だけど、職場で仕事をしていて初めて顔を合わせる来客を迎える時、ボクは心のどこかで「知り合いだったらどうしよう」と心配している。もちろん知り合いの訳がないのだけど、名刺を交わして知らない人だと確認ができると、ほっとしている自分に気づいて情けなく思ってしまう。他にも同じ年齢の同郷の人と出会った際、「●●って人は知ってる?」といった質問をされた際も、なるべく答えないで話をそらそうとしている自分がいる。実際に聞いたことのある名前も出たことがあったけど、内心はヒヤヒヤとながらしらばくれていた。「知ってる」と答えて、「今度、彼と会ったら神原さんのこと訊いてみよ」とか言われても困るからだ。

 時々だけど、実家近くで生きている同級生たちの話を聞くと羨ましく感じる時がある。周囲には家族や兄弟や親戚がいて、同級生がいて、友達がいて……でもボクはこの街で生きていくこともできなかった。そういった人間関係を、一から作るしかなかった。

<つづく>