仕事に生きる同性愛者<9>

 ボクは暗記するくらいに何度も文章を読んでようやく本を閉じた。そして改札口から次々と出て来る人達をただ眺めていた。

 ボクはずっと待ち続けた。誰かを待った。何かが起こるのを待った。

 いつか自分の人生を切り開く何かが起こると信じて待っていた。ただ日々の生活を真面目に生きていれば、きっと何かが起こると信じていた。転職してからも同じ様に、休みの日になると本屋と喫茶店を往復して、本を読んで疲れては窓から街を歩く人達を眺めて待っていた。

 でも……どんなに待っても何も現れなかった。
 
 気がつくと10年も月日が流れていた。ボクは35歳になっていた。20代という若さを売りにできるモテ期もとうに過ぎていた。

 そしてようやく何かを待つのを止めた。

 もうこれだけ待っていても何も現れないのなら、自分から何かを探しに行こう。

 35歳を過ぎて……ようやくそう決意した。でも何を待っているのか分からないように、ボクが何を探したいのかも分からなかった。がむしゃらにこのサイトに文章を書き始めた。今まで避けていた同性愛を扱った本や映画も見るようになった。でもボクは一方で恐れている。大学時代のように色々試してみてもし駄目だったら、また同じ結末になったらと思うと怖い。

 待っていても駄目だった。探しに行っても駄目だった。
 そうしたらどうしよう……そう考えると怖くてしょうがない。

 でもこれからはただ待つのは止めようと思った。

 ◇

 あれは忘れもしない社会人4年目の出来事だ。

 ボクは毎朝早く来て仕事を初めていた。これは当然なんだけど、朝早くから仕事を開始していれば早く仕事が終わってしまう。同僚の中には暇になるとネットサーフィンをしたり、隠れてネットで株取り引きをしている人もいた。でもボクは手が空くと自分から手を上げて他の開発案件の手伝いをしていた。それでも定時の時間になると大体の仕事が終わってしまった。

 もっと残って仕事をしていたいな……
 
 ボクは荷物を片付けながらそう考えていた。こんなことを書くと頭がおかしいのではと思われるかもしれないけど、ボクは残業代が出なくても残って仕事がしたいと思っていた。タダ働きでもいいので仕事をさせて欲しいと思っていた。自分でも呆れるんだけど20代の当時は真剣に思っていた。だって……目の前の仕事に没頭していたら、他のことを何も考えなくていいからだ。

 以前の会社では年に2回ほど上期と下期に面談があった。ボクはその面談で思い出すのも恥ずかしいことをしてしまう。現時点で、ボクの社会人時代の中で思い出したくない事件の断トツNO1だ。

<つづく>