ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

映画『メゾン・ド・ヒミコ』の感想

メゾン・ド・ヒミコ Blu-ray スペシャル・エディション

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  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • 発売日: 2012/09/05
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 映画『メゾン・ド・ヒミコ』を見た。この映画を見た当初……サイトでレビューは書かないつもりだった。この映画には沢山のゲイが出てくるんだけど、そのゲイの人たちの姿が酷くて見ていてうんざりしたからだ。ただ時間が経つにつれて、自分の中に腑に落ちてくるものも出てきたで書きたいと思うようになった。

 いつもの通りでネタばれを含むあらすじ紹介なので、映画を見るつもりの人は読み飛ばして欲しい。

 塗装会社で事務員として働く沙織(柴咲コウ)のもとに、春彦(オダギリージョー)が訪ねてくるシーンから始まる。春彦は沙織の父ヒミコの恋人だった。沙織の父親は離婚してゲイバーのママとして働く道を選んでいた。その後、ゲイバーを畳んでから、ゲイの人たちが暮らすための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」を創設している。春彦は、その父親が癌で余命わずかと沙織に伝えて老人ホームで働くことを依頼する。自分と母親を捨てた父を憎んでいた沙織だが、給料と遺産が欲しくて手伝いに行くことを決意する。沙織がお金に困っていたのは、亡くなった母親の病気の治療費が原因だった。当初の沙織はホームに入居しているゲイに対して嫌悪感を出していたが、時間が経つにつれて人間関係を築いていく。その老人ホームは、近所の人たちからも不審な目で見られている。そんな中、老人ホームに対して資金を提供していた人(元ゲイバーの客でヒミコの愛人)が逮捕されて、老人ホームは存亡の危機に立たされてしまう。

 ボクはこの映画を見ながら、今年の4月から9月まで放送していた『やすらぎの郷』というドラマと比較しながら見ていた。きっと同じ老人ホームを題材にして描いているからだと思う。
 
 このドラマの中で、脚本家の主人公は認知症だった妻に先立たれて、テレビ業界に貢献した人たちが入居している「やすらぎの郷」という老人ホームに入居している。主人公のキャラクターは、実際にドラマの脚本家を書いている倉本聰(「北の国から」とか有名なドラマの脚本を書いている)に重なって見える。たまたまNHKで倉本聰のドキュメンタリーを見て、このドラマのことを触れていて興味を持ったから視聴してしまった。

 このドラマの最終回で、主人公である石坂浩二が以下の言葉をナレーションして終わる。

 人には誰しも話し相手が必要だ。嬉しいとき。悲しいとき。腹が立ったとき。泣きたいとき。賛成も同意も別にいらないから、ただそばにいて話を聞いてくれうなずいてくれる話し相手がいる。それが妻だった。律子だった。その律子がもはやこの世にいないのだ。律子はもういない。そう思ったら涙がふき出した。
 翌朝、私はレンタカーを運転し、「やすらぎの郷」への家路についた。 
 「やすらぎの郷」。そこには私と似たような孤独をそれぞれ持ちながら、押し隠して生きる悲しい同世代の仲間たちがいる。彼らに会いたい……とたまらなく思った。

 ボクはこのドラマを見始めた時から、きっとこういった結末になるんじゃないだろうか?と思っていた。結局、人間関係によって孤独感は生まれるけど、その孤独感を紛らわせたり癒したりするのも人間関係でしかないと思っていたからだ。このドラマの中で、主人公に対して昔のように脚本を書いてくれと依頼する人たちが何人もいたけど、結局は最後まで主人公は脚本家に戻る道を選んでいない。「仕事」で孤独感を一時的に紛らわせることはできても癒すことは無理だからだ。

 話は映画の『メゾン・ド・ヒミコ』に戻る。

 ボクは映画を見て、歳を取っても別にゲイの人たちが集まって暮らす老人ホームに入りたいとは思わなかった。ゲイではない人たちがいる老人ホームで構わない。少し前に別の記事でも書いたけど、ボクは職場の人たちと話したりしているだけで、寂しさや孤独感といったものを紛らわすことができるようになった。老人ホームに入る年齢になったとして、別に寂しさや孤独感を紛らわせる対象がゲイである必要はないと思っている。もし肉体的な欲求を吐き出したいのなら、年寄りが集まる有料発展場に行くか、ウリ専に行けばいいと思う。もちろん……それまでに別の道を模索していたいとは思っているけど(これが最近書いているカミングアウトしてでも何かしたいという言葉の背景にある)。

 この映画の主人公の女性も、当初は老人ホームに入居していた人たちを嫌悪してしたいたが、時間が経つにつれて人間関係が深くなっていった。入居中に倒れて介護が必要になった人の扱いで喧嘩になり、一旦は老人ホームを離れるけど、最後のシーンで老人ホームの人たちとの関係を戻すことになる。この女性もずっと孤独感を抱えていたけど、老人ホームに入居していたゲイ達も同様だったにちがいない。映画中で沙織と春彦のベッドシーンがあるけど、春彦はゲイなので勃つことができなかった。二人の間には恋愛関係も芽生えることがなかった。それでも春彦は、離れた沙織を老人ホームに戻るように呼びつけた。

 結局、『メゾン・ド・ヒミコ』も『やすらぎの郷』も伝えたいことは同じだと感じた。

 ほんの身近な人達との触れ合いの中から、ちょっとした嬉しいことや悲しいことが起こって、孤独感を感じたり癒されたりする。結局はみんなそうやったお互いに支えあって生きていくんだと思った。