愛から遠く離れて<11>

「お久しぶりです」

 実際には1ヶ月くらいしか経っていなかったけれど、そう言って挨拶をした。彼はボクがいたことに驚いたようで反応が無かった。ボクは構わないで言葉を続けた。

「寝てると人がいると思って顔を見たら、たかぽんさんで驚きました」

 ボクはついさっき見た出来事には触れないでおいた。まさか壁一枚向こう側で、ボクが一部始終を見て聞いていたなんて彼は知らないほうがいいと思った。あえて彼に告げる必要は感じなかった。ただ少しだけ会話をして別れればよかった。

「ふーん……」

 なんだか彼の全身から迷惑そうなオーラが全開だった。

「今日は暇だったんで、この店に来ちゃいました」

 それからボクは彼が何かしゃべってくれるまで待った。ようやく口を開いてくれた彼から出た言葉はボクが期待したいものとは全く違っていた。

「君もさ……早く他の部屋に行って相手を探しなよ」

 凄く冷たい言い方だった。ボクは10年近く経った今でも、この時の彼の言葉を思いだすと悲しくなってくる。それだけ言って彼はまた毛布にくるまって顔を隠して寝てしまった。ボクは呆気に取られて枕もとで茫然としてしまった。「久しぶり」「元気でね」「またどこかで会いましょう」。それだけでも話せればいいと思っていた。ボクは彼の反応を待っていたけど、それから顔を上げることはなかった。

 今まで彼と過ごして来た時間は何だったんだろう……

 きっと彼にとってボクと過ごた時間も、さっきの2人と乱交していた時間と変わらなかったんだろうと思った。でも少なくともボクは彼と真面目に向き合っているつもりだった。

 もう……この人と関係を持つことは絶対にないよね。

 ボクは枕元にしゃがんで毛布にくるまってる彼を見てそう思った。

「じゃあ……さようなら」

 ボクは最後に毛布越しに彼の肩に手をおいて別れを告げた。ボクの中で彼への未練は無くなっていた。でも未練は無くなっていたんだけど虚しさだけは残っていた。部屋を出る間際に、もう一度だけ振り返って彼を見たけど最後まで反応がなかった。

 ボクはそのまま4階の更衣室に戻って服を着替えてから店を出た。その日はもう彼と顔を合わせたくない気分だった。まだ23時くらいの時間帯だったので、飲み会帰りの人達が四条河原町の歩道に溢れていた。ボクは鴨川の河川敷を歩いて家に戻ることにした。夜の鴨川は一定の間隔を空けて座っているカップルであふれて、ボクは楽しそうにじゃれ合っているカップルの側をひたすらに歩いてる通り過ぎていた。

 誰かと話をしたいな……

 ボクは急激な寂しさに襲われた。高校時代の同級生で同じ大学に通っているゲイ仲間のヒロト君にメールでもしようかと思ったけど、メールではなくて誰かと直接の会って話がしたかった。どんな雑談でもよかった。ボクは鴨川を北に向かって歩きながら、河川敷沿いにある「ある公園」の存在を思い出した。それからボクは公園に向かって歩きだした。

<つづく>