ボクは10メートルぐらいまで古賀さんに近づいて急に立ち止まった。彼の少し離れたところに立っていた女性が彼に話しかけたように見えたからだ。
あれ……あの人は他人じゃないの?
そのまま立ち止まって見ていると彼もその女性に何かを話しかけていた。それからその女性は手に取った魚を彼が持っているカゴの中に入れた。その瞬間にその女性が彼にとってどんな存在なのか理解した。そして気がついた瞬間に急いでその場から距離を取った。
もしかして……もしかして!!!
そしてかなり距離を取ってから振り返った。2人はボクの存在に気がつくこともなく仲良く笑い合いながら買い物を続けていた。
良かったボクのことには気がついてないみたいだ……
これだけ離れていたらボクのことには気がつかないだろうと思った。ボクは遠く離れたところから彼らの様子を伺っていた。
たまたま出会って会話している感じではないよね……
その女性には少しだけ見覚えがあった。確かボクとも古賀さんとも全く違う部署にいたはずだ。面と向かって話したことはなかったけど、システムに関する問い合わせの電話で何度か話したことはあったはずだ。確か彼よりは年下で恐らくボクと同じ年齢くらいだった。遠くから見ていてもただの友達という関係ではないことが分かった。実はボクは過去にも似たような現場に出くわしたことがあった。前の職場の時だけど30代中盤の先輩社員がデートしているところに偶然に出くわしたことがある。ちょうど2人が付き合い出したタイミングだったらしく本当に仲がよさそうに買い物をしていた。それから半年もしないうちに2人は結婚してしまった。その先輩に対して特別な感情は全く抱いていなかったのでデートをしている姿を見ても「羨ましいな〜」くらいの感情しか抱かなかったけど今回はそんな訳にはいかなかった。
きっと……この2人も付き合い出してそんなに期間が経ってないような気がする。
直感でそう思った。あの時の2人と古賀さん達の雰囲気がそっくりだったからだ。もし2人が付き合っているのなら年齢的に見てもすぐに結婚することを選択してもおかしくはないと思った。2人は晩御飯を何にするのか話し合っているようかのように食材を指差しながら仲良く話を続けていた。
ボクは見ていられなくなってその場を離れた。もし彼と会えばその女性の紹介をされるはずだけど、きっとボクには耐えられないと思った。愛想笑いすらできる自信がなかった。あまりに突然のことだったのでまだ心の準備が出来ていなかった。だから買い物を中断してカゴに入れている物だけでも清算して帰ろうと思った。そして急いでレジに行った。この場から一刻でも早く離れたかった。それなのにこんな時に限ってレジは混雑していて、前の客のお婆さんがレジの店員に話しかけて対応が遅れていた。
早くしてくれ!早くしないと彼が来てしまう!
何度も彼がレジに現れないか振り返って後ろを見た。お婆さんはお釣りを出すのも遅くてイライラしながら待っていた。ようやく自分の清算が終わって猛スピードでレジ袋に買った物を放り込んで店を出ようとした。冷静に状況を整理するよりとにかくこの場から逃げたかった。それから店を出る前にもう一度振り返ると彼らの姿が目に入った。ボクは逃げるように店から出て行った。
<つづく>