それでもボクは盗ってない<12>

 それは授業の合間の休み時間に起こった。

「もう次から要らなくなったから借りてた体操服を返すね!」

 他のクラスの背の高い同級生がずかずかと教室に入ってくるなり、そう言って体操服入った袋を同級生に放り投げた。彼は素行の悪いので有名な同級生だった。

 ボクは「体操服」という言葉に敏感に反応して、何が起こっているのか離れた席からそれとなく見ていた。

「助かった。貸してくれてありがとね!」

 体操服の入った袋を受け取った同級生は「貸した記憶がないけど……なんでお前が持ってるの?」と質問した。

「それが……体操服が汗で湿ってるのにロッカーの奥に投げ捨ててたら、カビだらけになってさ。洗っても落ちなくて母親からマジギレされたんだよね〜」
「もしかして前から勝手に他人の体操服を持っていったりしたの?」
「うん!」
「勝手に持ってくなって! 一言くらい言ってから持っていけよ!」
「どうせお前ら真面目に体育の授業とかやってないし関係ないだろ!」

 彼は全く悪気はなかったように笑いながらしゃべっていた。素行の悪いので有名な生徒だったので、勝手に持ち出しされた同級生もそれ以上は怒ったりはしなかった。教室にいた他の同級生たちも「体操服が見つかったらしいよ」とか「犯人が見つかったらしいよ」と騒ぎ始めた。

 確かに犯人は見つかった。

 でも彼は犯人なのにあまりに堂々としていた。

「えっ?マジで盗まれたとか思ってたの? 休み時間に普通に教室に入っていって体操服を持っていってたよ〜」

 そう言って「お前らマジで気がついてなかったの?」と笑っているのだ。

 どうやら彼は白昼に堂々と他のクラスの教室に入って、知り合いの同級生のロッカーから体操服を持っていくことを繰り返していたようだ。しかも他人の体操服を借りているのに、それも家に持って帰って洗うのがめんどくさかったようで自分のロッカーに放り込んで、ようやく家に持って帰っても今度は学校に持ってくるのがめんどくさかったようだ。それで家に他人の体操服が溜まってしまって、母親から早く返すように怒られたようで、同じように白昼に堂々と休み時間に教室に入ってきて、勝手に持ち出していた同級生のロッカーに返していたようだ。

 そりゃ……それだけめんどくさがったらカビも生えるよね。

 彼はボクらが呆れ返っていることに気がつかず話を続けていた。

「母親がさ。この学校の卒業生の親から同じ体操服をもらったんから、もう借りる必要がなくなったんだ。今までありがとね!」

 彼は全くわるびれた様子がなく朗らかに笑いながら自分のクラスに戻っていった。

 教室に残されたボクのクラスの同級生たちは、彼の話を呆然と聞きながら「し〜ん」と静まり返っていた。

 勘弁してくれよ……君のせいであらぬ疑いをかけられて大変だったよ……

 ボクは彼に対する怒りの感情を忘れて、ただひたすらと安心してほっとしていた。

 それから体操服が無くなることは二度と起きなかった。

 クラスメイトの大半はそんな事件があったことも忘れていった。ただ……ボクだけは忘れることができない思い出になった。

 

 高校の卒業式が迫る頃になった。

 ボクは大学受験が終わってから、ずっと夜に布団に入ってからある一つのことを考え続けていた。

 ずっと何を考えていたかと言うと……それは松田君との「別れの言葉」だった。

 「バイバイ」じゃないよね。「じゃまたね」でもない。「元気でね」でもない。「さよなら」は違う。「機会があったら会おうね」は嘘になる。

 ボクは真っ暗な部屋の中で、どんな言葉を彼に伝えればいいのかあれこれ悩んでいた。

 彼にどんな言葉を伝えればいいんだろう? 

 ボクが生まれて初めて告白した相手が彼だった。「男」が「男」に告白してしまったのだ。

「愛してる」は叩かれる。「大好きだよ」も叩かれる。「最後に手を繋いで」は殴られる。「最後に抱いて」は張り倒される。「最後にキスして」は殺される。 

 しばらく彼と過ごした高校時代の3年間を思い出していると、ふとある言葉が思い浮かんだ。

 そうだ……ボクの素直な気持ちこの言葉しかない。

 ボクはある言葉を胸に秘めて卒業式を迎えることにした。

<つづく>