ゲイ集う成人映画館の手記<8>

 成人映画館に行ってみたいと思った動機。

 それは「性欲」である。

 なんて……身も蓋もない動機なんだろう。でもこれが正直な動機だ。

 他の人に比べてそこまで「性欲」が強いとは思わない。高校時代は毎日のように「手淫」していた。1日に2回したこともある。でも大学時代から「手淫」する回数も減って、1週間に2回か3回で足りるようになった。社会人になってからは、仕事ばかりしていて更に回数が減ってきた。ちょっと「手淫」と書いてみたら、文学ぽい感じがする。はっきり言えば「オナニー」だ。

 はっ?……ボクは何を書いてるんだ。

 それと、ボクは「冬」になると性欲が増してくる。これがボクの体質的なものなのかは分からない。よく有料ハッテン場に通っていたのも「冬」だった。社会人になって「夏」に有料ハッテン場に行った記憶がほとんどない。有料ハッテン場で出会った人たちも「冬の方が客が多い」と言っていた。「冬になると人肌が恋しくなる」とも言っていた。もしかして人間の本能で寒くなると「性欲」が増すのだろうか? 極端に気温が「暑く」なったり「寒く」なったりすると、体質的に「性欲」が増すのだろうか?

 そして大学時代に「成人映画館に行ってみよう」と思った日。

 季節は「冬」。あたしの「性欲」の絶頂期。

 しかも京都の冬は異常に寒いのである。気温が低くなるのに反比例して、ボクの性欲はますます高まって行った。

    なんだか卑猥な文章ばかり書いているような気がするけど、よく職場で仕事をしながら思う時がある。

 ゲイブログ上では『性の話』をよく書いているけど、日常生活の大半は「性」とは無関係なんだよね。

 でも自分の中のゲイとして部分を書き始めると、途端に「性の話」が出てくる。

 そういえば、このサイトについてゲイブログを書いている「AIR-J’さん」が言及してくれた。

彼のように、何回も書いているけれど性の話を吐き出していける機会はどこかで持ちたいよな、と思う。

 ボクとしては、自分の「性の話」なんて書きたくない。

 もっと「誰々とデートした」とか「誰々とつまらないことで喧嘩した」とか、マッタリとした惚気話のようなことを書いていきたい。でも「京都ハッテン場ガイド」のホームページが導いてくれた、ゲイの世界は全てが「性の話」と直結してしまう。ボクだけなのか分からないけど、自分のゲイとしての活動を紐解くと、すぐに「性の話」が出てしまう。しかも、ボクは他人が書いた生々しい「性の話」なんて読みたくないと思っている。それなのに自分が「性の話」を書いているという矛盾を感じている。もっとゲイについて文学的で哲学的なことを書いていたいのに、「性の話」ばかり書いている。

 でも……まぁ……やっぱりボクにだって「性欲」はある。

 野外のハッテン場や有料ハッテン場でも過激なことはしたことがない。それでもやってみたいという「性欲」はある。ボクはパソコンの前に座って、成人映画館の体験談を読みながら、体験談に出てくる人を自分に置き換えて妄想していた。

 複数の男性から押さえつけられて、「嫌だ! 嫌だっ! もう止めてください!」と叫んでいた。

 そんな風に映画館で複数の男性に襲われる体験談を読んで、自分の姿に置き換えていた。ただ相手の男性たちは、実際に文章で書かれている「お爺さん」が相手じゃ萎えるから、自分好みの男性に置き換えて妄想していた。

 きっと……みんなこれくらいの妄想するよね?

<つづく>