ゲイ集う成人映画館の手記<16>

『新世界』か……久しぶりにその名前を聞いたな。

 彼の口から 『新世界』という言葉を聞いた時、懐かしい気持ちが沸き起こった。それと同時に彼の身の上に何が起こったのかも、すぐに想像できた。

 大学時代に、京都にある『千本日活』や『シネ・フレンズ』について調べている時、隣の大阪に『新世界』という場所があることを知った。そして『新世界』に関する体験談も読んでいた。まさか10年近く経って、その言葉を耳にするとは思わなかった。

「大学時代に京都に住んでたから『新世界』って聞いたことありますよ」

 ボクは彼に『千本日活』の前まで行ったことや、『シネ・フレンズ』 での体験談を話した。ボクが成人映画館に行ったことがあると話を聞いて、彼も気楽に話ができる気持ちになったみたいだった。彼は過去を思い出して興奮しながら語り始めた。

「『新世界』に入って観てたら、50歳過ぎの男性が近くに座って来たんだ」

「なんで、こんな近くに座ってくるんだろうって思ったけど無視してたら、手を伸ばして来て股間を触り始めたんだ」

「最初は驚いたけど、『まぁ……気持ちよくしてくれんなら勝手にやれば』と思ってたら放っておいたんだ……こっちも気持ちよかったのもあるけど」

「しばらくするとチャックを下ろして舐め始めたんだ」

「これが気持ち良すぎて、相手も男だからどんな風に舐めたら気持ちいのか、やっぱり理解できるのかな?って思った」

「しばらくすると他に2人ほど来て、3人から同時に身体を責められたたんだ……」

「それが無茶苦茶に気持ちが良かった……意識が飛びそうになった」

「結局、何人と関係を持ったのか覚えてないんだよね」

「まさか男とセックスするのが、あんなに気持ちいいとは思わなかったよ」

「やっぱり相手も男だから、男がどんなことされたら気持ちがいいのか分かってるんじゃないかな? 」

「それから嫁とセックスしても全く気持ちが盛り上がらなくなった。なんか女とセックスするのに興味が持てなくなったんだよね。それで男とセックスできる場所をネットで調べてたら、『ハッテン場』って場所があるのを知ったんだ」

「さらに調べてたら福岡市にハッテン場があることを知ったんだ。それから、週一回ペースでこの店に通うようになった」

「もちろん嫁のことは好きだけど、セックスするのなら男同士の方が絶対に気持ちがいいよ」

「まさか……映画館に入って男とセックスするのに目覚めると思わなかったよ」

「この人は後悔してないのかな?」と思った。気になったので遠回しに質問してみたけど、「男同士でセックスするのが気持ちいい」と嬉しそうに話していた。彼はボクと同じ年齢くらいかと思ったけど、実際には30代後半だった。他の客が来なかったのでボクらは2時間ずっと雑談をしていた。しばらくしてボクは先に帰ることにした。

 店を出て1時間くらい経って、その有料ハッテン場の掲示板を見ると、

さっき会った●●●関係の仕事をしているお兄さん。いろいろと話ができて楽しかったです。ありがとう!

 と書かれていた。間違いなく、さっきまで一緒に話していた彼だった。ボクは恥ずかしくて返信をしなかった。

 それにしても、ゲイのボクが踏み出せなかった世界に、まさかノンケの彼が踏み出したなんて。そういえば……あの時、成人映画館に入ったのに、なんで何もしないで出て来たんだけ?

 そう過去のことを思い出していた。ただ思い出すも何もすぐに理由は分かった

 ボクの中に「縛り付けるもの」は、ずっと残ったままだったから。

<つづく>