一人のホモが満員電車で思ったこと<結編>

 引き続き。妄想は続くよどこまでも。

「おたくの職場にカミングアウトしてる社員は何人いますか?」
「えっ?」

 ボクの質問を聞いた、その場にいた駅員たちは黙りこんだ。

「わが社には、ホモの社員はいないと思うが……だから何だというんだ?」
「本当にそうでしょうか? ホモなんて生き物は30人もいれば、最低でも3人くらいは跋扈してるものですよ」
「にわかに信じがたいが、そんなに多くホモがいるのか? 確かにホモぽい社員はいるが……でもだから何なんだ!」

 さぁ……この無能なマジョリティの連中どもを相手に最後の仕上げといこう。

「真のLGBTフレンドリーの会社は、鉄道の利用者だけでなく、社内のLGBT当事者に対しても、フレンドリーでなくてはなりませんよ。外に向かってLGBTフレンドリーを謳いながら、社内でLGBT当事者であることをカミングアウトしている社員がいないなんておかしいと思いませんか?」
「あっ……」

 ボクの言葉を聞いて彼らは黙りこくった。そして若い駅員の一人が、ボクから目を逸らしたのを見逃さなかった。

「それで……社内のLGBT当事者を見つけだして、何をしようというのだ……」

 駅長がボクの慧眼に恐れるあまり声を震わせながら訊いてきた。

「おたくの社内で隠れて生きているホモの社員をあぶり出して、LGBT専用車両の車掌やアナウンスを担当させるのです。LGBT当事者の社員も、ありのままの自分をさらけ出して、受け入れてくれる環境で働けるから俄然にやる気が出ますよ。それに、鉄道の利用者に対していくらLGBTフレンドリーを謳っても、LGBT当事者が社内で抑圧されている環境で働いているなんて、我々ホモの鋭い目から見れば一目瞭然ですよ」
「なるほど……これは何としてでも社内でコソコソ隠れて生きているホモをあぶり出して、LGBT専用車両に配属しなくてはならないな。しかしそんなに簡単にカミングアウトしてもらえるだろうか?」

 駅長の言葉を聞いて、若い駅員が一歩前に踏み出した。

「実は俺……ホモなんです……」
「えっ? お前何を言ってるんだ?」

 若い駅員は駅長に向かって必死に訴えかけはじめた。

「隠していてすみませんでした。俺はホモなんです。もしよかったら俺をLGBT専用車両の車掌にさせてもらえませんか?」
「お前……本当にいいのか?」
「俺も車掌を担当して車両を歩く度に、違和感を感じてたんです。あぁ……ここには俺の居場所はないんだ。ここではあるがままの俺をさらけ出すことはできないって、もしホモの俺が女性に痴漢したと間違われれたらどうしよう?と、毎日地獄のような日々を生きてきました。さっきこの方からLGBT専用車両って言葉を聞いた時、すぐに自分が働いてる姿をイメージできたんです。ここが俺の居場所だって思えたんです。是非俺をLGBT専用車両で働かせてください!」
「すまん。お前がそんなことに悩んでいたなんて、気がついてやれなくて……本当にすまん!」

 涙を流しながら抱きしめ合う駅員たちを、ボクとカービィのイヤリングをつけた女性は見つめていた。

「よかったですね。本当によかったですね」

 彼女の耳元では、心なしかカービィーが微笑んでいるように思えた。 

「あぁ……これでやっとホモが安心して電車に乗れる日が来ますよ」

 駅長は目から流れを涙を拭うこともせずに、鼻からも水を垂らしながら、ボクに向かって深々と頭を下げてきた。

「前にLGBT市場を特集した経済雑誌で読んだが、鉄道会社ではLGBT市場を取り込むことは無理だと諦めていたが、でも、ここまでLGBTフレンドリーに徹すれば、きっと全国各地のホモが、うちの電車に乗りに来てくれるだろう。ありがとう!」

 駅員一同が頭を下げる。カミングアウトした若い駅員は、他の駅員から肩を組まれて幸せそうだ。彼もこれからは周囲にあるがままの自分を晒け出すことができて幸せになるに違いない。

「いえいえ……これでマイノリティのボクらも女性に痴漢したと誤解されずに安心して電車に乗れますよ」

 ボクは頭を下げて部屋から出て行った。そして駅のホームに続く階段を登っていた。

 これで電車の中でノンケを眺めることも、ノンケによりかかることも、ノンケの匂いを嗅ぐこともできなくなるな……最後にたっぷりと満員電車の中でノンケの体に触れとこう。

 そう心の中でつぶやいた。

 以上、妄想終了。

 延々と妄想を続けて気がつくと自分が降りる駅が近づていた。車内アナウンスが鳴ると、ボクの膝すれすれまでもたれかかっていた女性が起き上がった。どうやら彼女も同じ駅で降りるようだ。

 電車から降りて、何人か間に挟んでエスカレーターを降りていく彼女の後ろ姿を眺めていたら、彼女の耳も音で揺れているカービィーと目が合った。

「くだんねーこと妄想してんじゃねーよ。バーカ」

 そう嘲笑うかのようにボクを見ていた。

<終わり>