ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

恐るべき子どもたち<4>

 新幹線は新大阪駅に着いた。あの兄弟は再び何事もなかったかのようにお菓子を食べている。そしてボクはその兄弟の様子を伺っている。 

 こういった兄弟が大人になったら、どうなるんだろうと思った。

 兄が小学校4年生くらいだったとして10歳。この文章を書いている現在は、何歳ぐらいなんだろうか? あれから15年近く経っているから、彼らも20代の中盤くらいになっているはずだ。 

 きっと有料ハッテン場なんかも、何の気後れもすることもなく楽々と入っていくんだろうな。

 ボクは初めて有料ハッテン場に入る時、かなり長い時間、躊躇した。

 どんどん頭の中で怖いイメージが膨らんでいた。

 このサイトを読んでくださっている皆さんは初めて有料ハッテン場に入る時どんな気持ちでしたか?

 ボクは今でもその時の気持ちをはっきり覚えている。

 今となっては笑える話だけど、ボクの頭の中で、キューブリック監督の映画『アイズ ワイド シャット』に出てくる、仮面パーティのようなイメージだった。確かキューブリック監督の遺作となった映画だ。

 映画のように、店内に入ると仮面パーティーのような荘厳で怪しげな儀式が行われている。繰り広げられる乱交。それから初めて来た客だとばれて、男たちに囲まれて……あっそれは囲まれてみたいかも。うん。是非、囲まれてみたい。冗談はおいといて……集団で囲まれて詰問されて、ボクの素姓がバレる。翌日の朝、新聞記事を読んでいたら、有料発展場で肉体関係を持った男性が死亡した記事を見つける。それから街を歩いていると誰かがボクの後をつけているような不気味な気配を感じる。頭の中で不気味なピアノの音色が流れて……ボクも誰から殺されるのでは……

 それくらいに店内で繰り広げられているシーンを想像して恐れていた。

 過去に『はじめての有料ハッテン場』で、有料ハッテン場近くのコンビニで立ち読みして、1時間近く勇気が出ないで躊躇していたという話を書いた。

 でも実は、これには書いてないことがある。やっと店に入れたのは「2回目」に来た時。その前にも1回ほど店の前まで来ていた。でも散々に悩んだ挙句、結局は家に帰ってしまったと言う話がある。

 インターネットでゲイの世界に本格的に触れる前に、書店で同性愛関連の本を何冊か買った。ちょうど、それらの本が発売される前に、東京の野外の発展場で、ホモ狩りの事件があった。その影響があって、どの本にもハッテン場で起こった殺害事件のことが書かれていた。

 そのせいで本を読んだボクの頭の中では、『ハッテン場=死』というイメージが頭の中にこびりついていた。

 このイメージは、今でも少しだけ頭の中に残っているようで、有料ハッテン場に行く時は、財布から免許証やクレジットカードなどを取り出して最低限のお金だけ持って通っていた。もしハッテン場で死ぬのなら、そのまま身元不明の状態のまま死にたいと本気で思っていた。

 新大阪駅を出た新幹線は、新神戸駅に向かって出発した。

 新幹線が出発して、しばらくすると兄弟は再びキスを始めた。そして新神戸駅が近づくと、またキスをやめて岡山駅に向かって出発すると再びキスを始める。それを繰り返していた。

 駅に近づいて人の出入りが始まるとキスを止めると言う事は、人に見られたらまずいと言う事は理解しているのだろう。

 ただ彼らの中では、ボクは除外されているみたいだけど。

 その兄弟を見ながら、

 そういえば初めて自分が『性』というものを意識したのは、いつだっけ?

 と思い出していた。初恋は小学時代の同じクラスの女の子だった。でもそれよりも過去に何かあったはずだった。

 そっか……そういえば初めて『性』を意識したのは、あの時だったかな?

 それは『幼稚園時代』のこと。近所に住んでいる同じ年の『男の子』に対してだった。

<つづく>