ノンケに生まれ変わりたい<12>

彼女が恋をしたのは同じサークルの一つ年上の男性だった。

ボクはその事実を知った時、全くショックを受けなかった。ただの友達としてしか彼女のことを思っていなかったからだ。

しばらくして彼女の片思いは成就して、二人は恋人関係になった。

良かったね。幸せになれるといいね

相手の男性は、ボクと似ていて女性に対して人懐くて、誰とでも友達感覚で接していた。彼に対して「もしかしたらボクと同じゲイなんじゃないかな?」と本気で疑っていた時期があった。

女性に対して友達のように接する性格。

そんなS先輩の性格が、彼女の「男友達が欲しい」という欲求と合致したらしい。

それとS先輩は男性へのスキンシップが激しい人だった。特にボクに対しては激しくて、歩いているボクの首を後ろからいきなり締めたり、腕を締め上げて来たり、足で蹴って来たりしてきた。本人は戯れているつもりなのかもしれないけど本気で痛かった。一度、本人の口から聞いたことがあるけど、ボクのことを「生意気な弟みたいな感じ」と言っていた。「ありがとう。でも弟と思うのなら優しくしてください」と思った。

ちなみにボクはS先輩のことが好きだったけど、それは恋愛感情ではなくて友達として好きだった。そんな感じで、ボクは大学時代には誰にも恋愛感情を抱かなかった。

そんなボクらの戯れている姿(ボクは本気で痛かったけど)を、彼女は何度も見ていたようで、彼女のBL魂に火がついたようだ。「S先輩と神原くんが怪しい」と注目して、BLカップルを妄想しているうちに、自然にS先輩に恋心を抱いたらしい。

そんな風にして、彼女はBL好きな腐女子から脱却していった。

ボクと片原さんとS先輩の三人で自然と遊ぶ機会が多くなった。

ただ、付き合って1年くらい経ってから、片原さんとS先輩の仲がおかしくなった。細かい理由は書かないけど、どちらかが一方的に悪いという訳ではなくて、もともと性格的に合わないところがあって、徐々に溝が深くなっていった感じだった。

ボクは二人とも仲が良くて人として好きだった。

だから二人からの相談に乗っていた。

深夜一時までファミレスで片原さんの相談に乗ったかと思えば、S先輩から酔っ払った勢いで電話がかかってきた。どうやら酷く泥酔しているようで呂律も回っていないようだ。ボクらはS先輩が連日飲んで泥酔しているのを知っていた。

S先輩は「今から家まで来て欲しい」と言ってくる。話の雰囲気から察すると野外で泥酔して倒れてそうだった。ボクの話し振りからS先輩が通話相手だと、すぐに彼女は察した。

「どうしようか?」

目の前の片原さんに相談したところ「行ってあげて」と言われた。ボクは彼女と別れてタクシーに乗って、S先輩の家に行った。家に着つくと玄関前にS先輩が倒れていた。ボクは先輩を揺さぶって起こして、鍵の在処を聞き出して先輩を担いでベッドまで連れていった。

ボクはS先輩が寝ているのを確認して携帯電話を取り出した。

S先輩は大丈夫だから安心してね。
ありがとう。よかった。迷惑かけてごめんね。

と片原さんとメールのやり取りをしていると、酔っ払って寝ていたはずの先輩が目ざとく見つけて、「誰にメールを送っている?」「さっきまで誰かといただろう?」「片原さんと会ってて送ってるだろう?」と詰問してくる。酔っ払っているくせに、そんなところは鋭い。

その後、さらにヤケクソになった先輩は日本酒を持ってきてベッドに腰掛けたまま飲み出した。

もう止めなよ。肝臓壊れるよ。あんた何日間続けて泥酔してるんだよ。

どうせ言葉で注意しても聞く耳を持ってくれないし、腕づくで止めようものなら締め上げられるだけなので、ボクは雑談しながら、テレビの前に積まれているAVのパッケージを眺めながら「この人やっぱりゲイじゃないのか」と考えたりしていた。

そういえば、普通なら深夜遅くまでファミレスで会話していれば、ボクと彼女の仲を疑えばいいものの、そんな心配は全くしてなさそうだった。先輩から何度か「神原は片原さんに興味はないの?」と質問されたことはあったけど、「全くないです。ただの友達としか見ていないです」と苦笑いしながら答えていた。

ボクはAVのパッケージで微笑んでいるセーラー服の女性をまじまじと見ていた。でも下半身は全く反応することがなかった。

そのまま朝方までS先輩の相談に乗って、始発のバスに乗って帰宅した。

片原さんとS先輩の間に挟まれて相談に乗っている。そんな日々を数ヶ月間過ごした。

でも結局、二人の仲は戻ることなく終わった。

片原さんはサークルを去っていった。ただボクとは毎日のように連絡を取って遊ぶ日々は続いていた。もう三人で遊ぶことは無くなったけど、ボクと片原さん。ボクとS先輩。それぞれ別々に遊ぶ日々が始まった。

よかった……これで落ち着くところまで来たかな。

そんなことを悠長に考えていた。

でもボクはこの時、やっかいな事に巻き込まれ始めていることに気がついてなかった。

<つづく>