しばらくすると隣の部屋の電気を消す音が聞こえてきた。そして物音が聞こえなくなって静かになった。
ボクはいつも深夜ラジオを聴きながら寝ている。
出張先にも携帯ラジオを持ち込んで聴きながら寝るくらいに日課になっていた。宿泊先のホテルを選ぶ際、わざわざラジオを聴くことができる環境があるか事前に確認するくらいに、宿泊先選択の条件としての優先順位が高かった。
これは小学時代から、ずっと続けている習慣だった。
夜になって真っ暗な部屋の中にいると、この世界にいるのが自分一人だけのような気分になった。そんな時、ラジオから漏れてくる音を聴いていると、「この世界にボク以外の誰かがいるんだ」と感じられて、孤独感が薄れて安心して眠りにつくことができた。
でも、この日はラジオのスイッチを入れる必要はなかった。
この世界でボクの一番近い場所に、彼がいるという事実があればよかった。
ボクは寝転がったまま、二つの部屋の間にある薄い壁を手で触っていた。
この壁のすぐ向こう側に彼がいる。
ボクは1メートルも離れていない距離に彼がいると感じられただけで安心できた。ただ、ボクのすぐ側に彼がいると感じられるだけで、孤独感が薄れて安心できた。
きっと彼もボクに秘密を打ち明けてしまって緊張や後悔をしていると思った。まだ彼も起きているに違いないと思って、隣の部屋から聞こえる気配に耳を澄ましていた。
隣の部屋から、微かに寝返りの音や咳払いが聞こえてきた。それらの物音と一緒に、床や壁を通して彼の鼓動が伝わってくるように感じた。それはラジオから漏れてくる音と違って、世界中でボクだけが聴いている音だった。
彼はゲイじゃない。
だからボクと肉体的な関係を持つことはありえない。でも彼と精神的に繋がっていると感じられただけでよかった。彼のぬくもりを感じられれば、孤独感なんて感じなかった。
その夜、ボクは安心して眠りについた。
ボクは他の人にもカミングアウトすることを勧めるつもりはない。そんなものしようがしまいが、どうでもいいと思っている。それに何の用意もなしにカミングアウトするリスクは、このサイトで何度も書いてきた。
ボクはたまたま「好き」だと伝えた同性から嫌がらせを受けなかっただけで、運がよかっただけだと思っている。たまたまボクの人を見る目があったのだと思いたいけど、そうでもないと思う。本当に運が良かっただけだと思う。
ボクは子供の頃に、同性を好きだと言ってしまって嫌なことを沢山言われた。でも、ボクがゲイであることを悩まずに生きているのも、村上君を始めに受け入れてくれた彼らがいてくれたからだと思う。
なぜ彼らが同性から好きだと言われても平然としていられたのか、その理由は人によってバラバラだろう。ただ、みんなそれぞれ他人に言えない「秘密」を持っているという点だけは確かだと思う。
それともう一つだけ確かな点がある。それは彼らが「いい男」だということだ。
<つづく>