絶対に会えてよかった<24>

とりあえず皆が寝静まるまで時間を潰すことに決めて、下の階の様子を伺いながらボクは眠気と戦っていた。いざとなれば、このまま寝てしまって朝になったら素知らぬ顔をして部屋に戻ればいいと思っていた。

いじめを受けているのだから教師を相談すればいいのかもしれない。

でも、それには自分が男性を好きだなんて事情も説明する必要があった。もし教師に話せば親にも伝わるかもしれないと思った。いじめを受けている人は「なんで自分がいじめを受けているのか原因が分からない」と思うことがあるという。でもボクの場合、いじめられる原因がはっきりと分かっているので、そういった悩みとは無縁だった。

そもそもボクは男性がスキだとカミングアウトすること自体、こういったいじめを受けるリストがある面、自分が救われている面があることを理解していた。

ボクは子供の頃から「不器用」だったと少し前に書いたけど、人と会話するのも苦手だった。

でも男性が好きだとカミングアウトすることで、周囲の人はボクに対して関心を持ってくれ話しかけてくれた。そのうち皆と会話ができるようになっていった。

ある意味、ボクはカミングアウトすることで自分が救われて面もあることに気がついていた。

「神原くんって本当にホモなの?」
「そうだよ」

飽きるほど繰り返された会話に嫌気を感じていたのに、もし今のボクから「ホモ」という要素が無くなったら彼らと話す機会もない。彼らからすれば何の魅力もなくなるだろうということに気がついていた。

ただ、このカミングアウトの恩恵は大学時代が始まるとともに幕を閉じることになる。

ボクは男性が好きだということを隠して生きる道を選んだから、それまでカミングアウトして楽で甘えた会話をやり取りしていた分、かなり苦労することになる。一から自分という人間を再構築する必要に迫れることになった。

そろそろ降りてもいいかな?

下の階から話し声や物音が聞こえなくなったのを見計らって二階に戻ることにした。

足音を立てないようにして階段を降りると、廊下に正座させらている生徒が数名ほどいた。それぞれクラスごとに分かれて各部屋の前に正座していて、みんな神妙な顔をして、フローリングの床に直接正座しているから痛そうな顔をしている。その生徒の前を竹刀を持った剣道部の顧問と、柔道部の顧問が恐ろしい目つきをしてウロウロしていた。

ボクは彼らは何らかの罰を受けていることを気配で察した。

翌朝になって詳細を知ったんだけど、いきなり部屋に踏み込んできた教師によって、寝ないで騒いでいた生徒たちは一網打尽にされた。そして廊下に数時間ほど正座させるという懲罰を受けたらしい。ボクが目撃したのはその懲罰の一部始終だった。

ボクは恐ろしい顔をしている教師の側を通り過ぎて、正座させらている生徒の前を目を合わせないように通り過ぎて部屋に戻った。

この辺は教師達もいい加減だった。

なぜか上の階から降りてきたボクを見ても何も注意をしなかった。もしかしたらトイレにでも行ってると思ったのかもしれない。そもそもボクは地味で見た目が大人しくて真面目そうに見えるせいか教師から注意を受けたという記憶がなかった。「早く寝ろよ」という言葉をかけられることもなかった。

教師たちの説教は効果てきめんだった。

部屋の電気は消えて静まり返っていた。みんな廊下に教師がいるのを気配で察していたようだった。寝ている生徒の体を踏まないように慎重に歩いて、部屋の隅に敷いた自分の布団までたどり着いた。

ボクの隣の布団には松田君という生徒が寝ていた。

まだ入学した二ヶ月目だったので彼とは何度か会話したことがあるという程度だった。

ボクが彼に「恋」をするのは、もう少し先のことだった。

ボクは周囲を見渡したけど、S君らしく生徒は見当たらなかったのでホッとしてから布団の中に入った。そして布団の中に入ってから、さっき起こった一部始終を思い出していた。

気持ちが悪かったな……

ボクはS君に抱きしめられた時にそう感じた。それが自分でも意外だった。

ボクの恋愛対象は男性だった。

その男性から抱きしめられて最初に感じたのが「気持ち悪い」だった。

<つづく>