ボクの言葉を聞いて彼は頭の中で記憶の糸を辿っているような顔して頑張って思い出そうとしていた。
ボクは「●●で働いてる者です」と付け加えた。するとようやく思い出したようで「あぁ……思い出した。君だったのか」と言った。ボクはちゃんと思い出してくれたのでホッとした。有料ハッテン場に来てるくらいだから、彼がボク以外の人と関係を持っているのは知っていた。それなりの人数と関係を持っているのも聞かされて知っていた。ただ彼がボクのことを思い出してくれたことが嬉しかった。
「こうやって明るい場所ですれ違うのって、なんか気まずいですよね」
「うん……」
真冬だったので階段はとても寒かった。お互いにポケットの中に手を入れたまま話していた。
「普段なら声なんてかけないんですけど、すれ違う前に顔を見たら40代後半ぽい感じがしたので、もしかしたら以前会った人なのかな?と思って声をかけちゃいました」
彼は以前出会ったことのあるボクと分かっても顔を見られたくないようで下を向いていた。もしくは猫背だから自然と顔が下を向いているように見えるのかもしれない。
「実際に明るい場所で見てみたら、こんな『おっさん』で驚いたでしょう?」
彼はやっぱり顔を見られたくないようで下を向いたままで言った。
「うーん。確かに『おっさん』かもしれないですけど……でもボクはあなたが来るのをずっと待ってたんですよ」
ボクは一瞬ためらった後に、思わず本音を言ってしまった。
「本当に?」
彼は心底驚いた顔をした。
「本当です」
ボクは恥ずかしくて照れ笑いしながら答えた。
「本当に?」
「本当ですって」
彼は「嬉しい!」と叫んで無邪気に階段ではしゃいでいた。ボクはなんだか子供のような感じが可愛いと思った。
「君変わってるね! こんな『おっさん』を待ってるなんて」
「うーん。ボクも『おっさん』ですよ」
彼は40代でボクよりも10歳以上は年上だったけど、どちらせによ20代から見ればどっちも40代でも30代でも『おっさん』なのは間違いなかった。
「もう帰っちゃうの?」
きっと「店に入って一緒に寝ようよ?」という意味だと思ったので、「すみません。本当は店に戻りたんですけど、今出てきたばかりですし、それに明日は仕事なんです」と答えた。こういう時、また店に戻るくらいのノリがあればいいんだけど、ボクの中では寝不足で明日の仕事に影響があるのも嫌だった。この辺は、ボクらしいといえばボクらしいのかもしれない。ただ、もう少し店に長くいれば状況は違って来たのにと悔やまれた。
「そうか……店の様子はどうなの?」
「5人くらいいます。でも寝てる人が多いです」
「そっか……どうしようかな。どこか場所があればいいのに」
彼の家には絶対に行くことができない理由があった。
「もしよかったらボクの家に来ませんか?」と言いそうになったけど、ボクらのお互いの家の位置は方向が逆だから難しいと思った。「そうですね……場所がないですね」とだけ答えた。彼は「仕事で遅くなって帰りは日付を超えるって言っちゃったから、どこかで時間を潰さないといけないから店には入ろうかな」と言った。
ボクは家に帰ることを決めて、彼はそのまま店に入ることになった。
<つづく>