ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ライナーノーツ<21>〜ゲイブログを書く前後〜

「何かに出会った時。自分の感じ方次第で、どうにでも変わっていくように思う」

『ゲイブログを書く前後』では、前半はゲイブログを書き始めるきっかけについて中心に書いている。後半はゲイブログを継続して書いているうちに、どう変わっていったのかを中心に書いている。もう一度読み返してみて、サイトを始めるきっかけを見つけることにしても、サイトの更新を継続することにしても「ある感情」が重要だと思った。

このサイトを始める最初のきっかけは、石川大我さんの書いた『ボクの彼氏はどこにいる』を読んだことだ。それから一人の人間が同性愛に目覚めて、どんなことに悩んで、どう考えて、どの道を選択して生きているのか、その人の人生を細かく描いた文章を読んでみたいと思った。「一人のゲイの人生を赤裸々に書いた文章をもっと沢山読んでみたい」という願望がくすぶっていた。

ただ、こういうものを読みたいと感じたけど、ボク自身は誰かがやってくれるを待っているだけだった。でも誰もやってくれなかった。もどかしい思いは月日が経つにつれて徐々に熟成していった。そして「待っていても誰も書いてくれないのなら自分が書くしかない」と思った。

ボクの中で「誰もやってくれないのなら自分がやるしかない」と感情が沸き起こっていた。それと、もう一つ「せざるえない」という感情があった。

このサイトを始める前まで、ボクはどん詰まりの状態だった。ゲイとして生きていても先が全く見えない状態で、何かをしたいけど、何をしたらいいのか分からないという状態だった。そんな中、この精神的に煮詰まっている状態を解放する手段として「文章を書かざるをえない」状態になった。

この二つの感情は混ざりあっている所もある。

「ボクが読みたいと思った文章を誰も書いてくれない。だから自分で文章を書かざるをえない」という感情が、このサイトを始めるきっかけになり、このサイトの更新を継続していくための強い原動力となっている。

最近、書いている文章は彼との関係を中心にしているものが多くなっているけど、 これもボクが今読みたいと思っている文章は、ゲイ同士が付き合っていく上で、どんなことを考えて、どんなことを悩んでいるのかで、そういった文章を読みたいけど、書いている人が少ないから自分が書かざるをえないと思って書いている。

このサイトを始めるきっかけ自体は、ある人が書いた本を読んだり、ある人が書いたブログを読んだり、ある人のライブに行ったり、そんな人から見れば些細なことの積み重ねだった。そういった些細な積み重ねが、自分の中に徐々に降り積もっていって文章を書き始めた。きっかけ自体は些細な物でよくて、数も多くなくていい。そのきっかけとどう向き合っていくのかが重要だと思った。

人間関係も似たようなものかもしれない。沢山の出会いが重要なのではなくて、少ない人数でもいいので、その人との出会いをどう受け止めていくかが大切だと思う。本を読んだりするのも同じようなことかもしれない。本を何冊読むのかが重要なのではなく、少ない冊数でもいいので、その本を読んでどう受け止めていくかが大切だと思う。

何かを始めるには些細な出会いがあればいい。目の前で起こった些細な出来事をどう受け止めるのかが重要で、人にしても、本にしても、出来事にしても、それに出会ってから、どう活かしていくかは自分次第だ。

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