ボクは体を離してから、
「もうあの頭巾はかぶらないんですか?」
と訊いた。
「はい。あなたから言われて止めました」
「そうなんだ」
彼は自分の頭巾姿を思い出したのか、少し照れ笑いをしながら話していた。
「みんなが怖がってるって言ったじゃないですか? 冷静になって見てたら、確かにみんな怖がってました」
「うん。ボクも怖かった」
「あの頭巾は家に帰ってすぐに捨てました。自分の姿を鏡で見たら、確かに『パペットマペット』か『イスラムのテロリスト』みたいな格好に見えて恥ずかしくなりました。なんであんな格好をしたんだろうと思いました」
「ははははっ。そうだったね」
それから彼はタイミングを見て、もう一度抱きついてきた。ボクは顔を振りながら彼の腕を取ってそっと体から離した。その仕草だけで「君とはヤるつもりはないよ」と伝えた。
「じゃあね」
「はい……」
ボクは彼の背中をそっと叩いた。そして個室から出ていった。
しばらく店内をうろうろしてから廊下に立っていると、二人組が手を繋いで目の前を通り過ぎていった。後方の男性の顔を見ると、パペマペさんであることに気がついた。
「あっ…」
パペマペさんは決まりが悪そうに、ボクと目を合わせた。
ボクは声を出さずに「頑張ってね」と口だけ動かした。彼も「はい」と照れ笑いしながら口だけ動かして返事した。
彼らは近くの個室に入っていった。
ボクはなぜだか分からないけど笑ってしまった。
数週間前まで、彼は黒頭巾をかぶって店の客を恐怖に陥れていたのだ。
あの黒頭巾をかぶっていたのが彼だと、いったい何人の客が知ってるんだろう。それにしても、ボクを誘った時のテクニックにしても、手慣れたものだった。既にボクよりも手慣れている感があった。あっという間に、師匠であるはずのボクは追い越されてしまったと悟った。
あれからパペマペさんとは会ってない。
もしかしたら、あの時のボクと同じように、初めて有料ハッテン場に来た人に対して、あれこれ説明しているかもしれない。
どこかの店で
「パペットマペットみたいな頭巾はかぶったらいけないよ」
と説明しているのかもしれない。
きっと言われた方は
「この人は何を言ってるんだろう?」
と呆然とするだろう。
そんな彼の姿を想像して、ボクはまた一人で笑っている。
◇
店内に入ると。微妙な空気が漂っていることに気がついた。
「こりゃ。また変な人が来てる感じだな」と一瞬で感じた。「また頭巾をかぶってる人でも現れたのかな?」と思いつつ店内を歩き回っていると、ユウちゃんと出くわした。
「今日は人多いですか?」
「そこそこ」
大体、店に来たばかりの人が知り合いに出くわすと似たような会話をしている。こういった情報交換は頻繁に行われていて、あまりに人が少なくて諦めて店から出て、知り合いと出くわした時に「今日は少ないから止めといた方がいいですよ」とお互いに情報交換して注意することもあった。
「一人変なのがいる」
そう言って、ユウちゃんは部屋を指差した。その部屋は「大部屋」と呼ばれていて、複数人が同時に肉体関係が持てるようになっていた。「あの部屋に変な人がいるのか」と興味を抱いたので、ユウちゃんに「行ってみます」と目で伝えてから大部屋に入った。
大部屋の中には3人いた。その3人が集まってセックスしていた。
どこに変な人がいるんだろう……
その3人を見ていても、特に変な人はいなかった。
ボクはもう一度大部屋を見渡した。
そして大部屋の片隅にうずくまっている男性がいることに気がついた。
<つづく>