ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

ゲイブログを書く前後<18>

 ボクの初体験の話。

 いつかは書かなくてはいけないとは思っていた。この初体験の話を書かないと、次の有料ハッテン場の話題に繋がらないから、どうしてもこのタイミングで書く必要があった(『同性愛者としての初体験』を参照)。でも自分の初体験の相手を晒したり、どんな感じで肉体関係を持ったとか、それを思い出しながら書くのはあまりに憂鬱すぎた。そのまま正直に文章を書いてしまうと、ボクの好きなセックスにおける行為を晒してしまうことになる。どこまで書けばいいのかという葛藤があった。それに初体験の話を書き終えたとしても、後に有料ハッテン場について書けば、いやでも『性描写』を書かなくてはなからなかった。

 そもそも他の人たちは、どうやって『性描写』を描いてるんだろう……

 ボクは他のゲイ人たちが書いている『性描写』を参考にするために、ネットで検索して勉強した。『ゲイ セックス 体験』などのキーワードで検索すれば沢山のサイトがヒットした。よくよく考えて見ると参考にする文章の選択が間違っていた。参考にするにも適当な恋愛小説にするべきだったのかもしれない……と今になって思う。

 ボクはパソコンの画面に表示された文章を見て固まってしまった。

 こんな破廉恥な文章を書くことになるのか……

 もしパソコンに表示された文章を参考に、初体験を描いたらこんな感じになる。

 ボクとヒロトは69の体勢になった。ボクは夢中になってヒロトのペ●スを口にくわえてフ●ラをした。そして彼のペニ●だけでなく玉の付け●も同時に舐めて責めた。彼は興奮しすぎて突然にボクの口の中に生臭い●体を吐き出した。そしてボクも同時にヒロトの口の中に液●を吐き出した。ボクらはお互いの液●を全て飲み干した。

 いやいや……こんな文章書きたくないよ! こんなの完全にアダルト小説じゃないか。そもそも同時に射精なんて、そんなこと滅多にないって! しかも精液を飲み込み趣味なんてないよ! 

 念のため断っておくけど、実際にはこんなことしていない。ボクの初体験は緊張しつつも極めて真面目に「こと」を終わらせただけだった。

 こっ……こんな破廉恥な文章を書くのか……

 ボクはパソコンの前で赤面しながら頭を抱えていた。「だから参考にする文章の選択肢が間違ってるんだけど」と当時にボクにそう指摘をしてあげたい。

 どうやって性に関する描写を書けばいいのんだろう……

 結局、ずるずると悩みながらも、『同性愛者としての初体験』を書き始めた。でも書いていてもあまりに憂鬱だった。あまりに憂鬱すぎて、このサイトを削除したい誘惑に何度も駆られた。ボクはその度に「ヤシュウさんが読んでくれている。ヤシュウさんが読んでくれている。ヤシュウさんが読んでくれている。ヤシュウさんが読んでくれている。ヤシュウさんに夜襲されたい。あれ?。ヤシュウさんが読んでくれている」と自分を洗脳していた。でも12個目の文章を書いている途中に限界に達した。

 なんで憂鬱な文章を書いてるんだろう……こんなに憂鬱なら『性描写』を書くのを止めよう。

 ボクはセックスの途中で突然に文章を終わらせることにした。

 ボクは同性愛者の赤裸々な人生を書きたい思った。今でも『性描写』に関しては、どこまで書けばアダルト小説になってしまうのか?と葛藤しながら書いている。

 ボクはどちらかというと『性描写』なんて書きたくない。

 でもハッテン場や出会い系の掲示板を通して行われている『性描写』も含めて、同性愛者の世界なんだから書かざるを得ないと思っている。

<つづく>

ゲイブログを書く前後<17>

 このサイトを立ち上げて文章を書き始めて、すぐに困った出来事が2つ起こった。ボクの文章を書く能力の低さゆえに、どう書いたらいいのか?どう表現すればいいのか?分からないことがあった。過去にストーリーを書いた経験なんてなかった。完全に素人の状態で文章を書き始めて、すぐにこの2つの壁にぶつかってしまった。

 まずは1つ目の困った点。それは『風景描写』だった。

 自分が「文章を読んでいる側」だと気にもならなかった。でも自分が「文章を書く側」に立ってみると、自分がどんな場所にいるのか文章で説明するのが難しかった。同様に『人物描写』も難しいと思ったけど、それは見て思ったままを書けばいいから適当にごまかしながら短く書くことができた。例えば京都の野外のハッテン場になっている公園に行った体験を書いている時だった(『インターネットの同性愛世界』を参照)。きっとゲイの人でもハッテン場に行ったことがない人も多くいるだろうし、それにゲイでない人が文章を読むことも考えられて、ハッテン場がどんな場所なのかきちんと描く必要性があった。でもボクの文章能力ではとても無理だった。

 そもそも他の人たちは、どうやって『風景描写』を描いてるんだろう……

 本屋って行って適当に目についた小説を手に取ってみた。よくよく考えてみると参考にする文章の選択が間違っていた。参考にするにも風景描写が少ない適当なエッセー本にするべきだったのかもしれない……と今になって思う。

 ボクは小説に書かれた文章を見て固まってしまった。毎回こんなめんどくさい文章を書くなんてありえないと思った。

 野外のハッテン場になっている公園の出来事を書いた文章がある(『インターネットの同性愛世界』の6個目と7個目を参照)。ボクは暗い森の中を歩いていた。もし『風景描写』を参考にするのなら以下のような文章かもしれない。

僕は奇妙に非現実的な月の光に照らされた道を辿って雑木林の中に入り、 あてもなく歩を運んだ。そんな月の光の下ではいろんな物音が不思議な響き方をした。僕の足音はまるで海底を歩いている人の足音のように、どこかまったく別の方向から鈍く響いて聞こえてきた。時折うしろの方でかさっという小さな乾いた音がした。夜の動物たちが息を殺してじっと僕が立ち去るのを待っているような、そんな重苦しさが林の中に漂っていた。[村上春樹/ノルウェイの森]

 なんて……風流な世界なんだろう。

 でも現実としては、暗い森の中で男同士が肉体関係を持っているだけの風流も身も蓋もない世界なんだけど。

 ボクには場所が変わる度に毎回、比喩表現を交えながら『風景描写』をするなんて、とても無理だ……

 ボクは挫折しそうになる度に、「ヤシュウさんも文章を書いている。ヤシュウさんも文章を書いている。ヤシュウさんも文章を書いている。ヤシュウさんも文章を書いている。ヤシュウさんに夜襲されたい。あれ?。ヤシュウさんも文章を書いている。」と自分を洗脳していた。でも頑張って書いてみても風景を描写することはどうでもできなかった。それに真面目に風景を描写しようとすると、ちっともストーリーが進まないことになりそうだった。
 
 えぇ〜い! もう『風景描写』なんてどうでもいいや!

 そう開き直ることにした。ボクは『風景描写』を描くことを挫折した。そもそも何行にも渡ってダラダラと風景描写するのは不要だと判断することにした。それよりも肝心なのはストーリーを進めることだと判断した。

 それにしても自分がどんな場所にいて、どんなものを見て、どんなことを思ったのか、それを文章に書くのがこんなに難しいとは思わなかった。

 そして2つ目の困った点。こっちの方が『風景描写』よりもよっぽど悩ましい問題だった。

 それは『性描写』だった。

 このサイトを初めて1ヶ月が経った頃のことだった。恐らくこのサイトを立ち上げて、最も憂鬱な時期だった。何で憂鬱だったかというと、そろそろボクの「初体験」のことを書く必要性に迫れていたのだ。

<つづく>

ゲイブログを書く前後<16>

 この人……ヤシュウっていうのか……

 

 確かヤシュウさんのサイトのどこかの文章に書いてあったけど、ほぼ同じ年齢だったはず。文系出身で就職氷河期で就職先が見つからずシステムエンジニアになっていることなどボクとの共通点が多かった。

 それにしてもゲイブログを書いている人は、どんな意味があって、ハンドルネームをつけるんだろう。

「ヤシュウ」というハンドルネームを見て、すぐに頭に思い浮かんだのは、「夜襲」という言葉だった。もしかしたら氏名から一部の言葉を抜粋してつけたのかもしれないけど。ちなみにボクの「神原隆臣」という名前もハンドルネームだ。過去に好きになった同性の4人から1文字ずつ借りて、適当に混ぜてみたら、こんな名前になってしまった。

 あぁ……やっと同じ年齢の人を見つけたな。

 ボクは彼のサイトの文章を読みながら、ほっとしていた。なんとなく今のボクと似たような境遇だと感じていた。

 もしかしたら……この人ならボクの体験を共感してくれるかもしれないな。

 そう思った。そして夜な夜なヤシュウさんに夜襲される妄想をしていた。

 ヤシュウさんのサイトの更新頻度は高くなかった。でもボクと同じ年齢のゲイの人が、先にはてなブログを書いてくれているというだけでも、なんだか心強い気持ちになれた。
 
 そんなある日のことだった、そのヤシュウさんがボクのサイトに読者登録をしてくれて訪れてくれてくれることが分かった。ほぼ毎日ボクのサイトに訪れてくれて、はてなスターをつけてくれていた。

 きちんと君の文章を読んでるよ。

 そんな感じで1つだけスターをつけてくれていた。この時期、文章を書く上で、すごく悩んでいたことがあった。何に悩んでいたのかは後で書くけど、そんな気持ちを奮い立たせてくれたのがヤシュウさんだった。サイトを始めたばかりにボクの文章は、このヤシュウさんとchunkさんに読んで欲しくて書いていた。

 少し話がそれるけど、ボクは今年の春に「ある場所」に行こうと思っている。そのきっかけを与えてくれたのもヤシュウさんだった。そのことはいつかまた書くことになると思う。

 このゲイブログを続けていく上で、同じくゲイブログを書いている人で大きな影響を与えてくれた人が3人いる。1人目はこのサイトを始めるきっかけを作ってくれたchunkさん。2人目はこのサイトを続けていく力を与えてくれたヤシュウさん。3人目は夏頃に現れるので、もう少し後で紹介する。

 ボクは文章を書いていて恥ずかしくなってゲイブログを削除したくなる度に、「同じ年齢のヤシュウさんもゲイブログを立ち上げて文章を書いてるんだ。それにヤシュウさんがボクの書いた文章を読んでくれてるんだ」と自己暗示をかけて文章を書き続けていた。

<つづく>

ゲイブログを書く前後<15>

 あれ……このはてなブログのゲイグループの管理人ってchuckさんじゃないか!


 ゲイグループの管理人には、見慣れた名前があった。まさかこのサイトを始めるきっかけになったchuckさんが、ここでまた目の前に現れてきたことに驚いた。

 ボクはこのはてなブログのゲイグループにすぐに登録した。

 chuckさんが管理人なら安心できると思った。それから他の参加者メンバーのサイトの文章を読んでみたり、気になった参加者のサイトを読者登録したりしていた。すでにボクのサイトを読者登録しているメンバーもいたりして、こんな場所でゲイブログを書いている人がつながっているとは全く知らなかった。

 このゲイグループだけど、存在意義はとても大きいように思う。ゲイブログをはじめて、このグループに登録しておけば、同じゲイ仲間が気がついてサイトにアクセスしてくれる。そうすればゲイブログを始めた当初は検索サイト経由などのアクセス数が少なくても、自分と同じゲイ仲間がサイトの存在に気がついて「読者登録」や「はてなスター」をつけてくれるからだ。

 自分と同じゲイ仲間が、自分のサイトに気がついてくれて、自分の書いた文書を読んでくれている。

 これはゲイブログを続けていく上で大きな支えになる。運営会社に操作されてそうな怪しいランキングになっておらず、ただ更新順に通知されるシンプルな表示になっているのもよかった。「さすがchuck様……ご慧眼に恐れ入ります」と平身低頭して敬服した。まるでお釈迦様の手のひらであばれる孫悟空のように、まだchuckさんの手のひらの上から抜け出せないでいるように感じた。

 へぇ……いろんなゲイの人が文章を書いているな。多種多様、十人十色、千差万別で面白いな……海外で書いている人もいるんだ……

 ボクは次々とサイトを開いて、内容を読んでいる時だった。ふとある疑問に思い至った。

 そういえば……ずっと前から思ってたんだけど、ゲイブログ書いてる人って、ボクと同じ30代中盤の人がいないよね?

 ボクはそう疑問を抱いてゲイグループに登録されたサイトを次々と開いては、管理人の年齢を確かめていった。やっぱり目につくのは20代の人ばかりだった。中にはボクよりも年上の人もいたけど少なかった。なんだか30代中盤だけが欠落しているように感じた。そして徐々に孤独感に襲われていった。

 もしかして……ボクが書いてる文章って、もう時代遅れなのかな? ボクみたいなおっさんが、学生時代にカミングアウトしていたこととか、大学時代にインターネットに出会ってゲイの世界を知って踏み出したとか、社会人時代にゲイであることを隠して生きてるとか、若い人には興味がないのかな? こんな文章を書いてて誰かが共感してくれることがあるのかな?

 なんだか急に自分の体験を文章に書いていることが恥ずかしくなってきた。

 やっぱりサイト……消そうかな?

 正直に書いてしまうと、今でも1ヶ月に1回は2回は、このサイトを消そうかな?とい思うときがある。いっそ消してしまって全てなかったことにして、昔のように有料ハッテン場の布団の上に寝転がっている方が楽だと思う時がある。

 そんなことを思いながら次々と別のサイトを開いて管理人の年齢を確認している時だった。あるサイトを開いて見ていると管理人が30代であることが書いてあった。

 あぁ……30代の人がやっと見つかった! 管理人の名前は……ヤシュウ?

   
<つづく>

ゲイブログを書く前後<14>

 そんな訳で色々な経緯があって、ボクはゲイブログを毎日書き始めた。

 ここで全く話はそれるけど、ボクが文章を書いている環境について説明する。文章を書く環境を整備していたらこんな状態になってしまった。

 ボクは文章を書く際に、主にパソコンで書いている。パソコンは「MacBookPro」を使っている。そして文章を書くのに、appleが標準で提供しているアプリの「メモ」を使っている。

 以前は、入力画面を原稿用紙に変更できる別のアプリを使っていた。そして原稿用紙が2枚ぐらいに収まるように書いていた。それは1日に最低でも原稿用紙2枚分の文章を書くと決めていたからだけど、最近は感覚的に2枚分の文量が分かるようになってきて原稿用紙にする必要が無くなった。それに「はてなブログ」で文章を投稿する時に、画面上に文字数のカウントが表示されていることに気がついたからだ(ちなみにこの記事は2202文字で2枚はとっくに超えてしまったので感覚はあてにならない)。

 標準で提供されているアプリの「メモ」の方が動作が軽くて、それにicloud上でデータが共有できるので書いている途中でiphoneやipadと機器が変わっても、続けて文章の更新ができて便利なので、そちらで書くことにした。EvernoteやOnenoteなど有名なアプリを色々と試してみたけど、結局は動作が軽い標準のアプリにたどり着いてしまった。

 基本的には文章は自宅でパソコンで書くけど、休みの日に天神などに出かけて喫茶店で文章を書いたりする時は、10.5インチのipadproをカバンの中に入れて持っていっていく。ちなみにipadにはスマートキーボードをつけている。

 仕事中や野外で周囲に人がいる時に何か書きたいことを思いついたら、iphoneの「メモ」アプリを開いてコソコソと入力している。あとは自宅で家事をしていたり風呂に入っている時に何か書きたいことを思いついてメモしたくなったら、iphoneの音声入力を使っている。1年半〜2年くらい前だったけど、iosがアップデートされて音声入力がなかなか便利なことに気がついて、自宅にいる時のメモは、ほぼ大半が音声入力を使っている。本当は外出先でも音声入力で済ませたいけど、さすがに怪しい人物になってしまう。「夢の中で同性が出てきて夢精してしまった」とか喫茶店の隣の席で、ボソボソつぶやいて音声入力をする訳にはいかない。

 ここまで書くとapple信者かと思われるかもしれないけど、あんまりこだわりはなくて、たまたま携帯電話からスマホに変更する時に、iphoneを選択してしまって便利さを求めていたら、ずるずるとこんな状況になってしまった。あとは話の流れになる、あらすじを考えるときは紙のメモ帳に書き込んでいる。

 さらに深く話はそれるけど、ボクが文章を読んでいる環境について説明をする。

 ネットで他のゲイの人たちが書いている文章を読むときは、MacBookProに外付けのモニターをつけて、モニターの向きを縦向きに変えて読んでいる。縦長にした方がスクロールをあまりしなくて文章を読めるからだ。文章を書くときに自分が書いた過去の文章を確認しながら書くときがあるので、そのときに縦向きのモニターに過去の文章を映している。それとここでも音声が出てくるんだけど、macに標準でついている「スピーチ」という機能を使っている。画面上の文章を音声で読み上げてくれる機能なんだけど、その機能を使って、ゲイブログのサイトを縦向きのモニターに表示させて、読み上げ速度をかなり早く設定して読んでいる。ニュースサイトの文章を読むときも似たようにしている。

 夏ぐらいからゲイを扱った本を読むようになった。家に紙媒体で保管することになると置き場所に困るし、基本的にはKindleで買えるものは、そっちで買ってどうしても紙でしか売っていないものは紙で買っている。そして読み終わったら自炊している。急に誰かが自宅に来られても困るからだ。過去に出会ったゲイの人で、急に入院することになって親が看病するため実家から出てきて、自宅に散乱していたゲイ関連の本やDVDが見つかってしまい、カミングアウトすることになった人もいた。親は何も言わずに整理してくれていたらしく、本人もまさか親が家に入っていると思わず退院して家に帰って整理された状況を見て青ざめたらしい。

 電子書籍で買った場合は、ipadのKindleアプリで開いて、音声で読み上げる機能(画面を開いて指2本を上から下にスクロールすると起動する)を使っている。この機能がむちゃくちゃ便利で、文章の読み上げもしてくれるしページも自動でめくってくれる。音声の読み上げ速度はかなり早く設定している。本の文量にもよるけど、この機能を使えば休み日に2冊か3冊は本が読めてしまう。この機能のおかげでゲイ関連の書籍を一気に読破できてしまって、書かないといけないレビューの記事を大量に抱えてしまうことになった。

 話は元に戻る。

 ボクは自分でゲイブログを書き始めてから、他の人が書く文章をきちんと読むようになった。他のゲイの人がどんなことを思っているのか気になった。それにゲイ関連の情報を本気で収集するようになった。そんな中、はてなブログにゲイ関連のサイトをまとめたゲイブログのグループがあることに気がついた。


<つづく>

ゲイブログを書く前後<13>

 ゲイブログを書き始めることを決めてパソコンの前に座ったのは、2017年1月25日の夜のことだった。

 いつの時代から書き始めようかな?

 自分の過去の出来事を書いた大量に書き込んだメモ帳をめくってはそう悩んでいた。

 書きやすい時代となると、現在に近い「社会人時代」になってからだと思った。でもなんだか違っているような気がしていた。

 そういえば……過去にあったゲイの人たちと話していて「中学時代や高校時代に同級生にカミングアウトしてました」って言うとみんな驚いてたよな。「俺も子供の頃にカミングアウトしてたよ」なんてゲイと出会ったことがないよな。「むしろ子供の頃は隠していて社会人になってからカミングアウトするか決めるんじゃないの?」って言われたよな。

 そう考えると、ボクと多くのゲイの人たちとの相違点は「中学時代」や「高校時代」にあるような気がした。ちょうどゲイであることをカミングアウトしていた時代とゲイであることを隠していた時代の狭間から書くことに決めた。文章の最初に「大学時代」から書き始める方がいいと思った。

「過去との決別」

 そう文章のタイトルをつけて書き始めた。

 この「はてなブログ」を開始したのは、2017年の2月6日。でもその前に1月25日から「note」で文章を書き始めていた。「note」はサイトデザインなどが統一化されて自由度がないんだけど、もともと文章を書くのがメインのサイトだったので、それでいいと思っていた。ただなんとなく「note」を書いている他の人たちのレベルが高すぎて(イラストを描いたり、音楽を作成したり)、気が引けてしまって以前に書いていた「はてなブログ」に移行してきた。ただその選択は間違ってなかったと後になって思うことになる。

 このサイトを始めた当初は、まさか1年以上も毎日書くことになるとは思わなかった。ボクはあくまで自分の「過去」のことをメインで書くつもりだった。「現在」のことは少ししか書くつもりはなかったし、ましてや「未来」のことを書くつもりなんて全くなかった。でも最近は「それじゃあ駄目なんだよな」と思うようになった。

 長くなったけど、ここまでが「ゲイブログを書く前のこと」。そしてここからは「ゲイブログを書く後のこと」になる。

 ここから先はゲイブログを書き始めて、どんなことが起こったのか?どう気持ちが変化していったのか?を書いていく。

<つづく>

ゲイブログを書く前後<12>

 彼はそのまま目の前で寝ている観客を気にすることもなく歌い続けていた。酔っ払って寝ているせいか、かすかにいびきのような音まで聞こえていた。

 ボクはどんな気持ちで歌い続けているのかが知りたくて、じっと彼の顔を見続けていた。でも彼は最後まで一切表情を変えることがなく歌い続けていた。

 この人はなぜ歌い続けているんだろう……ずっとそのことを考えづけていた。

 ラストの手前で彼はデビュー曲を歌い始めた。ボクが社会人になって2年目くらいにラジオから流れていたあの歌だった。

 東京にいた頃、休日になるといつも総武線沿いの喫茶店で本を読み続けながら、何か起きるのを待っていた。誰かが現れるのを待っていた。大学時代にあれこれと試してみた。でも結局は全てダメで、もうこのままゲイとしてずっと独りで生きていくしかないのかなという諦めの気持ちと、諦められない気持ちが葛藤している時期だった。

 そんな自分の姿を思い出しながら聴いていると自然と涙が流れて来た。

「頑張ってください」

 ボクはライブが終わってから出口に立つ彼に聞こえないくらい小さな声をかけて、一番最初にライブハウスから出て行った。

 西鉄薬院駅に向かう道を歩きながら、年が明けてからもう一回ブログを立ち上げて文章を書いてみようと決意していた。

 始めるまでの1ヶ月間くらいで文章を書くための準備をすることにした。それまでも過去の出来事を思い出してはメモしていた。でもブログを削除してからメモすることも止めていたけど再開しようと思った。

 ボクは自分の過去の体験を書いて晒すことが怖かった。

 中学時代や高校時代にカミングアウトしていたこと。大学時代からゲイであることを周囲に隠して有料ハッテン場に行ったりや出会い系の掲示板に書き込んでいたこと。社会人時代に周囲からホモ扱いされながらもゲイであることを隠して生き続けていたこと。

 そんな過去のことを考えながら、さらに自分の内面と向き合いながら書くことが怖かった。それに自分の性体験を書くことの恥ずかしかった。

 もう下手な素人文章で書いて笑われてもいいやと思った。

 人に知られたくないような体験も多くしてきたけど、それを読んで笑われてもいいやとも思った。

一度や二度くらいの失敗がどうしたんだ 雨にも風にも負けない心を持て 負けない心を持て

 ただ彼がそう歌うことを続けているように、ボクも一度書き始めたら、書くことを続けていこうと思った。自分が読みたいと思う文章がこの世になければ、それならば自分が書けばいいと思った。

 ゲイであることに諦めて独りで生きていくつもりになっていたけど、諦める前に、もう一度あがいてみようと思った。

 このサイトを始めるまでに、3つの歯車があった。

 1つ目の歯車は石川大我さんの「ボクの彼氏はどこにいる?」を読んで、「読みたい文章」が見つかったこと。2つ目の歯車はchunkさんのサイトを読んで「書きたい文章」が見つかったこと。3つ目の歯車は「文章を書く勇気」だった。

 ようやく最後の3つの歯車が噛み合って全ての歯車が回り始めた瞬間だった。

 そしてこのサイトを書き始めることになる。

<つづく>