ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

あるLGBT活動家を見て感じたこと

最近、ボクと同じゲイの方と福岡市内で会ったりはしているけれど、5月上旬に東京レインボープライドに行ってから、LGBT関連のイベントにも何も出ていない。

少なくともボクの周辺では何のイベントも行われていないように感じる。

春先には、かなりのイベント情報が飛び交っていたように思ったけど、最近は大人しくなったように感じる。福岡市の同性パートナーシップ制度の導入が終わって、ひと段落がついたのだろうか? それとも思ったよりも申請が少なくて盛り上がりに欠けてるんだろうか? 今まで密かにチェックしていた活動家の方々のアカウントを見ても、福岡市では何の動きもないように思う。

今のところ入っている予定は、11月上旬にある福岡の冷泉公園で開催されるパレードくらいだ。ただ、そうは言っても実際に行ってみるかどうかは分からない。もう大体のイベントに顔を出しているし、行ってみたところで、そんなに気持ちの変化はないように思う。

そういえば、熊本のパレード。博多どんたくのパレード。そして東京レインボープライド。そのどれものイベントに、LGBTの社会活動している人たちが顔を出していた。よくインターネットで見かける人たちだ。twitterのアイコン画像などで、頻繁に顔を見かけている人たちなので、すれ違っただけでも誰なのかすぐにわかった。

イベント名を書いてしまうと、誰のことか言っているのか、すぐに分かってしまうから、どのイベントなのか、はっきり書くことはできないんだけど、とあるイベントで見かけた活動家の方が印象的だった。

その活動家の方は集合時間に少し遅れてやってきた。

その方の顔見た途端、中学生や高校生と思われる若い男の子や女の子が取り囲んだ。

その活動家の方は、LGBT関連の活動に熱心に取り込んでいて、新聞でも見かけたし、本人自身が同性パートナーシップ制度を使ったりもしていた。

10人くらい若い子達が目をキラキラと輝かせながら挨拶をしていた。その活動家の方に注がれる。憧れの視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。

ボクは少し離れたところから彼らの姿を見ていた。そして漠然とした不安を抱えていた。

若い中学生や高校生たちが、彼らに憧れを抱くのは仕方ないと思う。ただ、どうせしばらくしたら、他の世界の存在に気がついて、関心もなくなっていくんじゃないだろうか。

ボクが漠然とした不安を抱えていたのは、憧れの目を向ける若い子たちじゃなくて、むしろ憧れの目を向けられた活動家の方に対してだった。

憧れの視線を一身に浴びている活動家の方の表情を見ていた。

若いた子たちから囲まれて、憧れの視線をいっぱい浴びて、なんだか活動家の方が、困った方向に暴走しないかものすごく不安になってきた。

その活動家の方も、当初はLGBTの活動だけをしているのかと思ったら、なんだかマイノリティーとつくもの全てに関して、あれやこれやとネット上で意見をしている感じになってきた。なんだか、ボクにはあらゆることに意見や批判をしている姿が、某政党の某政治家の姿を想起させた。

意見や批判をするのはいいけれど、一方的に意見や批判するばかりしていても、何も良い方向にも変わらないんだけど……

逆に意見や批判ばかりしていると、意見や批判をされている方は、うんざりして話を聞く気力が失せてくる。そうなると建設的な案にまとめることもできなくなってしまう。意見や批判をしていると、注目を浴びることはできるんだけどね。

イベントに顔を出して、若い子たちから憧れの視線を浴びれば浴びるほど「自分の意見が絶対なんだ」という勘違いの方向が、加速していきそうな気がした。

そんなことを思いながら、そのイベントで出会った活動家の方のtwitterのタイムラインを眺めては思う。もしくは他の活動家の人たちのtwitterを眺めては、同じようなことを感じてしまう。

このことは、あくまでボクが抱いた印象だけで、本当のところは分からない。

どのイベントで起こった出来事なのか、はっきりと書くことができないけれど、ボクはその光景を見て、いたたまれない気持ちになって、その場を後にしてしまったのは事実だ。

ある小説家の仮想空間でのカムアウト<4>

『カノホモ』を読み始めて一番最初に、主人公の安藤純が「いけ好かない奴」だと感じたのはP.29ページだった。

周囲に自分の全て(ホモであることなど)をさらけ出したときに、変わらずに受け入れてくれる信頼が持てないから仮面をかぶることにした。

簡単にまとめると、そんなことが書かれている

ボクはこの箇所を読んだ時に、はっきりと「いけ好かない奴」だと認識した。

物語が始まったばかりなのに、いきなり世の中を知ったかぶった風に生意気に思えたからだ。

この主人公は「人間を信じていない奴」だ。

こいつの過去に何があったっていうんだろう……

ちなみにボク自身は「人間を信じている奴」だ。

ただ紆余曲折があって「人間を信じている奴」から「人間を信じていない奴」になって、大人になってから再び「人間を信じている奴」に戻ってきた。

小学時代には「100人いて90人くらいの人間とは仲良くなれる」もんだと自然に思っていた。

時が経つにつれて「どうやら人間を信じてはいけない」という風に考え方が変わって来た。子供じみた幻想は徐々に崩れていった。どんどん減っていき60人になって、30人になって、10人になって、最終的には1人になってしまった。

「100人いて1人くらいの人間と仲良くなれるかも?」

そこまで落ち込んでしまった。

そこから再び人数が増えてくるというか、もう人間と仲良くなるとかどうでもよくて、自分がどれだけ人間を好きだと思うかどうかが重要だという風に考えが変わってくる。それが最終的に転職に関係してくるけど、ここでは長くなるので書くのはやめる。

「100人いて90人くらいの人間とは仲良くなれる」

とにかくボクは子供のような考えのまま中学時代になってホモに目覚めてしまった。

だから同級生から「男が好きなのか?」と質問されても、全く警戒することなく無防備に「そうだよ」と認めてしまった。

それとカミングアウトしてしまったのには、もう一つボクの特徴的な性格があるように思う。

ボクは、ある人の好きな面に気がつくと「好きだ」と言ってしまう、割と厄介な性格をしている。これは男性も女性も関係ない。男性だろうが女性だろうが、好きだと思ったら素直に口に出してしまう。

職場でも「この女性のこういう面が好きだな」と思うと、普通に口に出してしまう。それに口に出さなくても好きだというオーラが隠しきれずに、全開で出ているようだ。「神原くんって○○さん(女性)のこと好きよね」と冷やかされることがある。「さーあ。どうなんでしょうね」と答えつつも、嬉しそうに笑って答えてしまうから、周囲にはバレバレなんだと思う。

ただ……ボクとしては「好き=恋愛感情」とは違う意味なんだけど。

そういえば先日、LINE上である人と会話している時に、「結局は誰が好きなの?」と質問された。

ボクは質問されて「全員好きだけど?」と頭の中で思った。

いや……だって全員好きでしょう? こんなに素敵な人間ばかりじゃない?と思いつつも、適当に会話を合わせていた。

いつも自分を追い詰めているような生き方をしている、chuckさんが好きだ。

優しい人柄なのになぜか自尊感情が低い、ヤシュウさんが好きだ。

真面目にひたむきに生きようとしてる、白ぬーぼーが好きだ。うにょうにょうょょうょょうょょうょ〜

実際に会って話すと絶対に気が合いそうな、まるがもさんが好きだ。

実際に会って話すと絶対に気が合わなそうな、タナカさんが好きだ。

密かに人生の先輩として仰ぎながら文章を読ませてもらっている、エゾマルさんが好きだ。

酔っ払って文章を書くと本音が出て来て、その本音がボクと似ているAIR-Jさんが好きだ。

悔しいからどこが好きなのか詳しくは書かないけどTakatoが好きだ。

これ以上に名前を出すと本気で怒られそうだから控えるけど、たぬ吉さんが好きだ。うん……でもたぬ吉さんから本気で怒られてみたい。泣いて土下座しても許してもらえずに蹴られてみたい。なんだこの異常な願望は(笑)。

そして……どうやらshinさんのことが……かなり好きらしい。

あれ……どさくさ紛れ1名ほど初めて見かける名前を書いた気がする。まぁ……今は細かいことを書くのは控えよう。

とにかくボクは好きなところを見つけると、「好きだ」という言ってしまうか、「好きだ」というオーラを全開にしてしまう。

この厄介な性格はネット上の仮想空間だけに限らない。現実空間でも同じことをしている。男性も女性も好きだと思ったら好きと言っている。恥ずかしいけど子供みたいな性格だと思う。

ボクは子供の頃から人間を信じていた。そして人間が好きだった。

そして、ホモだとカミングアウトしてから、いろんなことがあって人間を信じなくなった。そして人間を嫌いになった。うまく人間と付き合い会えないことを、自分が人間を嫌いだからだと思い込んでいた。

でも大人になってから。もう一度、人間を信じるようになった。もう一度、人間が好きになった。

主人公の安藤純に対して、いけ好かない奴だと思ったのは、人間を信じなくなって、人間を嫌いになった、ボクの人生の中で一番嫌いな時期と重なっていたからだ。

<つづく>

ある小説家の仮想空間でのカムアウト<3>

このサイトで、過去に『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(以下:カノホモ)のレビュー記事を書いたけど、その中で以下の文章を書いている。

作者の浅原ナオトさんってどんな人なんだろう……
ボクは作者の浅原ナオトさんについてもっと詳しく知りたくなった。作者がどこの出身なのか? 何歳なのか? もっと詳しい情報が知りたくてインターネットで調べてみた。でも浅原ナオトさんについての情報は落ちていなかった。本の背表紙に書いてあるかと思ったけど何も書いていなかった。どんな人なのかすごく興味がある。

いろいろと遠回しな表現で書いているけど、

簡潔に表現すれば、

浅原ナオトさんってホモじゃないだろうか?

の一言で終わる。

ただボクはホモで、そのホモのボクが浅原さんがホモじゃないか?と思って、ホモがホモ探しをして、ホモを見つけてもしょうがない訳で、それに彼がホモだと分かったことで、ホモのボクに何のメリットもないわけで、でもホモのボクとしては彼も同じホモなのか気になる訳で、だからと言って、そんなホモみたいなことを思ってるのを、ホモだから堂々と書くことも出来ずに、あえて遠回しなホモぽい表現で書いた。

あぁ……またゲイブログを書いている「たぬ吉さん」の美学に反する言葉を沢山書いてしまった。

でも、この文章ではあえて「ホモ」という言葉で書き続けていきます。

ボクは小説を読み終わってから、カクヨムに掲載されていた、浅原さんの他の小説も読んでみた。でも『カノホモ』の関連作品以外は、彼がホモだと思える内容はなかった。ますますどっちなんだろうという疑念を強めていった。

小説家であれば、本の背表紙にプロフィール欄があって、生まれた年や出身地や出身校などの経歴が、少しは書かれていると思う。でも浅原さんに限っては、まるで意図して隠しているかのごとく情報が見当たらなかった。

こうなったら仕方がない。ホモの意地を見せてやろう。

もちろん、ホモは全員やってると思うけど。街なかでイケメンの男性を見かけたら、インターネットを駆使して、その人の名前や住んでいる場所やSNSのアカウントなどの個人情報が落ちてないか調べるという。

いわゆる「ネットストーカー」というやつだ。

その人の名前やどこに住んでいるか分かれば、その名前を見ればニヤニヤするし、地図で彼の住んでいる街を見ればニヤニヤするという、いつものやつだ。

えっ? やっていない? もしかしてボクだけなの? そんなことないよね?

え〜と。とにかく……ボクは数日間、浅原ナオトを追い回す「ネットストーカー」と化した。

アカウントを持っている全てのSNSをチェックした。カクヨムのページを全て開いて確認して、彼がホモであるという証拠が落ちていないかチェックした。リアルタイムで投稿されている、浅原さんのtwitterアカウントの発言も、一文字も逃さずぬチェックしていた。

もはや狂気と言わざるをえない。そんなエネルギーがあるなら、もっと別に有効活用しろと言いたくなる。

ホモのボクは、彼がホモだという馬脚を現さないか調査して監視していた。

そして一週間くらい経って諦めた。

調査結果は完敗だった……

浅原ナオトはホモだと思われるけど、ホモじゃないかもしれない。こんな不確定な情報しかなければ立件もできない。

もう浅原さんがホモだろうがなんだろうが、ホモのボクには関係ない。

むしろ彼の書いた小説やtwitterの文章を読んで、その文章の断片から、彼がホモなのかホモじゃないのか想像して楽しむことにしよう。

そう考えることにした。

ボクが作者の浅原さんをホモじゃないだろうか?と疑ったのは、2つ理由がある。

1つ目の理由は、新宿二丁目やゲイアプリなどの、ゲイ界隈に関する情報がリアルだったこと。でも、この理由に関しては、他の小説家でも取材をすれば分かる範囲だと思った。

2つ目の理由は、主人公の心理描写だった。

過去に書いたレビュー記事の中で、以下のように書いた。

ボクは、この本を読み始めた当初、心の中で「どうせ同性愛者が救われる展開なんて難しいだろうから中途半端に終わるんだろうな」と馬鹿にしながら読んでいた。

この小説を読み始めて、ボクは主人公の「安藤純」のことを、いけ好かない奴だと思った。

なんて……共感できない嫌な主人公なんだろう。

そう思って序盤で本を読むのを一旦止めた。あまりに主人公に共感できなくて、本を読む意欲が失せたからだ。

そして翌日になって再び読み始めた。

なんで主人公に共感できないのか分かったからだ。

主人公をいけ好かない奴だと感じた理由。それはボクと似ていたからだ。

<つづく> 

 

恐るべき子どもたち<8>

そんな風にしてボクは「過去に女性を好きになったとことがある」と言うことを密かに自尊心として持っていた。一度も女性を好きになったことがないとゲイと会うと、心のどこかで見下していた。 

ボクの一生一度の異性恋愛は進展もなく友達のまま終わった。クラスが替われば、あっという間に、彼女への恋愛感情は消えていった。

そして異性の影が遠のき、再び忍び寄ってくる同性の影。

ボクがS君に続いて次に同性と接触したのは、小学時代の修学旅行で同級生と寝た時だ。

朝起きたらボクの布団にクラスメイトが入って添い寝していた。まだボクの方が同性愛に目覚めていなくて、朝になって目を覚ましたら、すぐ近くにクラスメイトの顔があって驚いた。

なんで一緒に寝てるんだろう?

そう不審には思ったけど、素知らぬ顔をして周囲には秘密にしておいた。この件に関しては過去にも書いているので、ここでは詳しくは書かない。

逸れまくった話は、ようやく新幹線の兄弟に戻る。

新幹線の通路を挟んで隣の座席でキスをしている兄弟。ボクはコソコソと本を読むふりをしながら盗み見していた。

頭の中にふつふつと沸き起こってくる嫉妬心。

くそ……ボクなんて初めて同性とキスしたのは、中学時代に修学旅行の劇で衆人環視の状況でなんだぞ! 

それに初めて同性と抱き合ったのは、大学時代で掲示板を通して出会った女装子と路上でなんだぞ! 

それらを小学生の段階で経験してしまうなんて許せないぞ!

こう書いてて思ったけど、結構すごい人生を歩んできているように思えてきた。

ボクは子供には興味がないけれど白昼に堂々とキスしている姿を見ていて興奮してきた。

これはヤバイ……ショタコンに目覚めそう。

新しい性癖に目覚めそうな衝動と戦っていた。でも戦っていたのは上半身の理性だけで、下半身は全面降伏していた。残る上半身の理性も陥落寸前だった。

彼らのキス行為に参加したかった。もし弟が手招きをすれば、「どうも……気を遣わせてすみませんね」と頭を下げてヘラヘラ笑いながら参加しただろう。まるで有料ハッテン場で誰かがヤってるのを見ていて、手招きされて参加するのと同じだ。

やっぱり端から見ている限りは、弟からキスをせがまれて兄の方は困っている感じがしていた。キスを止めてしばらくすると、また弟が兄の顔に顔を近づけてキスをせがんで、兄は「しょうがないな……」という顔をしながらキスをしてあげていた。ただキスをすると気持ちがいいみたいで、兄の顔もまんざらではなさそうだった。

新神戸を出て岡山駅に向かっていると車内販売が来た。

兄弟はキスを止めて車内販売の女性に声をかけてお菓子を買っていた。「ちゃんと買い物できるのかな?」と心配で見ていると、さっき新幹線に乗る前に、母親が「何かあった時に使うように」と言って渡した財布からお金を出していた。

ボクは再び驚かされた。

ちょっと待って……それはお菓子を買うためにお母さんが渡したお金じゃないと思うけど? まぁ……そこは細かい事情は分からないからいいけど、さっきからリュックサックの中のお菓子を全部出して食べてるけど、それは新幹線の中だけで食べる量じゃない。岡山のお爺ちゃんの家に行ったときに食べるお菓子も含まれていると思うぞ。

販売員からお菓子を受け取ると、すぐに包装紙を開けて食べ始めた。座席の前のトレーには、彼らが食べたお菓子が散乱していた。

なんて恐ろしい子供たちなんだろう……

性欲に食欲。

人間の欲求に本能のままに従っていく子供たちを前に、ボクはただ呆気に取られていた。

<つづく>

恐るべき子どもたち<7>

その後、S君との出来事から、一直線に同性愛に目覚めた訳ではない。

小学生になって1年生と2年生の時に、同じクラスになったMさんという女の子

のことが好きになった。ただ3年生になってからクラスが離れて、あっという間に恋愛感情は無くなってしまった。

ボクの人生の中で、この2年間が女性を好きになった唯一の期間だった。

このMさん以降は、異性と同性を問わずに誰にも恋愛感情を抱いていない。次に人を好きになったのは中学時代になってからで、もう立派な一人前のホモになっていた。

Mさんは、頭のいい女の子だった。ボクはあっという間にMさんと仲のいい友達関係になっていた。でもボクにとっては、女の子と友達関係になるのは自然なことだった。

以前も書いているけど、ボクは物心がついた頃から、女の子とばかり遊んでいた。

たまたま住んでいた団地が女の子しかいない環境で、引っ越しするまでは、男の子と遊んだ記憶がほとんどなかった。ずっと団地にいる女の子たちとばかり遊んでいた。ボクの兄貴の年齢になると、逆に男の子ばかりだったけど、幼稚園に入る前のボクには、体力的にも体格的にもついていけない遊びばかりしていて、一緒に遊んでもらうことはなかった。

そんな状況で育った影響もあって、女の子と友達になるには得意だった。Mさんとも最初は友達感覚のように接していた。

でもある日、小学校から帰って来て、翌日の授業の教科書をランドセルに入れている時だった。頭の中をMさんのことがよぎった。

明日もMさんと会えるんだ。

そう思うと嬉しくてたまらなくなった。部屋の中で訳もなくはしゃいでいた。まさに恋は突然に嵐のように訪れた感じだった。それまでは全く恋愛感情を持っていなかったのに、ある日を境に人生が変わってしまった感じだ。

それからMさんと教室で話す度にドキドキするようになった。これが恋愛感情というものだと気がついたのも、この時期からだった。

「神原ってMのこと好きなんじゃない?」

目ざといクラスメイトが、そう言って冷やかしてきた。

でも図星である。というか女性を相手に「◯◯のこと好きなんじゃない?」と言われて、それが当たっていたのは、この時だけだった。

中学時代からカミングアウトしていたので、

「神原って◯◯(男)のこと好きなんじゃない?」

に変わってしまった。それはそれで当たってたんだけど。

大学時代から同性愛者であることを隠すようになったので、

「神原って◯◯(女)のこと好きなんじゃない?」

に戻った。

それはない。外れだよ。だってボクはホモだからね。

と、密かに思っていた。

ただ流石に大学時代になってくると、冷やかすような言い方をする人はいなくなっていた。大学時代になってから「好き」という感情を抱くということは、肉体関係を結びたいという願望につながってくるので、生々しくなってなるからかもしれない。裏でこそこそ言ってるくらいだった。

これは、ここに書こうかどうか迷ったんだけど、嫌悪感を抱かれることを覚悟して書くことにする。

たった小学時代の一度の女性に対する恋愛だけど、ボクの中では優越感を感じるような出来事だったりする。

過去に出会ったゲイの人から

「女性を好きになったことは一度もないんだよね」

と言われた時、

ボクは

「小学時代に一度だけ女性を好きになったことがあります」

と返している。

その返答をしながら「ボクは根っからのホモじゃないんだぞ。ちゃんと女性を好きになったこともあるんだぞ」という、全く意味のない自尊心のようなものを抱いていないかと言えば嘘になる。

<つづく>

恐るべき子どもたち<6>

あの日以降も、S君は何度かボクの家に遊びに来た。

それからは彼との間には、何も起きなかったと書きたいのだけれど、もう一回だけ似たようなことが起こった。

「カーテン閉めて」

そうS君から言われて、ボクは理由が良く分からないまま、自分の部屋のカーテンを閉めた。そして部屋が暗くなると、彼のテンションが再びおかしくなった。ボクの手を急に握ってきて、前回と同じように、一緒にこたつに入るように促してきた。

この時、ボクは前回と違って冷静だった。

ボクの中に、彼のしてきた不可解な行動に対する答えがあったからだ。

もしかして彼の家族には男兄弟がいなから、ボクのことを兄弟のように思って甘えてきてるのかな?

そう思っていた。ただ、自分でその答えを見つけたのかと言うと、そうではない。ボクの両親が「男の兄弟がいなくて寂しそう」と言っていたのを聞いていたからだ。もしかして周囲の大人たちには、S君の姿がそんな感じで映っていたのかもしれない。

きっと弟がいたら、こんな感じなのかな?

そんな風に考えると、じゃれて抱きついてきたり、前回と同じように膝枕ならぬ股間枕をしてくる彼のことが気持ち悪いとも思わなかった。ボクには兄はいるけど弟がいなかった。甘えてくる彼のことを弟と思うと、なんだか新鮮な気持ちになった。

ボクらはこたつ布団の中に潜って、顔や体を寄せ合ってじゃれていた(よく考えたら顔が熱かったと思うけど)。抱きつくまではしていたけど、キスまではしなかったはずだ。

この出来事は、周囲の大人には言わずに黙っていた。S君以外にも近所に友達はいたけど黙っていた。

ボクとS君だけの秘密だった。

ただ二人の間で約束を交わしてわけでななかった。ただ何となく周囲に話してはいけないことだと直感的に察していたんだと思う。

その後、S君は幼稚園から小学校に上がる前に、親の仕事の都合で引っ越していった。大所帯だったから、引っ越しの荷物も沢山あって、数台のトラックに分けて運ばれていったところまで覚えている。最後に彼と交わした言葉は覚えていない。おもちゃを交換したのだけは覚えている。

その日から彼とは顔を合わせていない。

ボクは自分が同性愛者と気がついた時。なぜ自分が同性愛者になったんだろうと過去を思いだしていくと、一番最初に同性との接触で思い当たるのが、S君との思い出だった。ただ、ボクは彼が同性愛者だと思っていない。幼少期には、男性と女性の区別がはっきりしていないくて、こういったことが起こりうるのではないかと思う。

彼が出ていって家は、すぐに次の入居者が見つかった。今でも幼少期と、ほとんど変わらないままの姿で家は残っている。ボクは彼の住んでいた家の前を通り過ぎる度に、あの日起こった出来事を思い出しながら考え込んでしまう。

ボクが同性愛者になった、そもそものきっかけはS君なのかもしれない。でも別にS君を恨んでいたりもしていない。だってボクは同性愛者だけど別に後悔もしていないからだ。

性欲の目覚めもない幼稚園時代のことだったけど、でも少なくともあの時。ボクは微かに興奮していた。生まれて初めて人と体を触れ合って興奮していたと思う。しかもその相手が、異性じゃなくて同性だったなんて。今のボクの状況を暗示するような出来事だったと思う。

<つづく>

恐るべき子どもたち<5>

幼稚園時代。近所にS君という男の子がいた。

両親。祖父母。そして子供が4人いるという大所帯だった。ただ一つ家族構成で特徴的だった点がある。

4人も子供がいる中「男の子はS君だけ」だったのだ。

残り3人は女の子だった。

ボクらは家も近かったこともあって、お互いの家を行き来しながらファミコンを噛り付きでやっていた。ドラクエだったり。ボンバーマンだったり。ワープマンだったり。ツインビーだったりと、名前を聞くと懐かしくなるような、ありきたりのゲームソフトを飽きもせずに毎日やっていた。

そんなある冬の日のことだった。

S君はボクの家の来てテレビゲームをしていた。寒い日だったからストーブをつけて、さらにコタツに入ってゲームをしていた。しばらくして、ボクらは切りがいいタイミングでゲームをする止めた。そろそろS君が夕飯に帰ってもいい時間で、ボクらは二人で何かを話している時だった。

いきなりS君はコタツの中に潜っていった。

彼は何をやり始めたんだろう?

そう思って待っていると、コタツの中をかいくぐって来て、ボクの入っている側に移動して来た。そして布団をはねのけて顔を出してきた。ボクは別に驚きもしないで適当に流そうとした。

ただ、この時のS君は、いつもとテンションが違っていた。何か意味もなくはしゃいでいた。

ボクの目の前に顔を出して、そのまま抱きついてきた。

彼は何してるんだろう?

妙にはしゃいでいる彼を他所にして、ボクの方は冷静だった。急に甘えてくるなんて、どうしたんだろうと思った。

彼はボクに抱きついてから後ろを向いた。そのまま凭れかかって、ずるずると体を下ろしていった。

そのままボクの膝枕の位置まで体を下ろして、コタツの中から顔だけ出した状態のまま頭を載せてきた。

こう書くと割と普通に思えるんだけど、この時、ボクは非常に混乱する事態に直面していた。

彼は膝枕の位置まで頭を下ろしてきたのはいいんだけど、その頭を下ろした位置が、ボクの股間がある場所だったのだ。

彼の頭の重みが、もろに未成長の股間を押しつぶしていたのだ。

しかも恐ろしいことに、彼は甘えるように後頭部を股間に押し付けて戯れあってきた。さらに頭を横にしたりして回転させて押し付けて戯れあってきた。そのままボクの股間に顔面を押し付けたまま体を停止させたりもした。

訳のわからない奇声を発しながら戯れてくる、彼の存在にボクはただ圧倒されていた。

何だろう……よく分からないけどドキドキする。

まだ幼稚園時代で、性の目覚めもしていなかった。でも何となく胸がドキドキしたのを覚えている。そのままS君は、ボクの膝枕……ならぬ股間枕の上で頭の動きを止めてしまった。そして身動きをしなくなって、微かに寝息のような音が聞こえてきた。

外を見ると夕暮れになっていた。テレビもつけておらず、電灯もつけていなかった。薄暗い部屋の中で、股間枕で寝ている彼の寝顔を見ながら、途方にくれていた。

ただ股間に感じる、彼の頭の重みと暖かさに何となくドキドキさせられて、すぐに声をかけることができなかった。

それから5分くらい経って、彼の体を揺すって声をかけて起こった。彼は何事もなかったかのように、眠そうな顔をして起きて家に帰っていった。

さっき起こったことや感じたことは、親には絶対に言ってはいけない。

いつものように夕飯を食べながら、ボクは幼いながらも直感で判断して黙っていた。

<つづく>