ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

書籍『僕たちのカラフルな毎日』の感想

僕たちのカラフルな毎日~弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記~

僕たちのカラフルな毎日~弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記~

 

 

『僕たちのカラフルな毎日』という本を読んだ。南和行さん、吉田昌史さんの2人が作者だけど、基本的には南くんが文章を書いていて、各章の途中で吉田くんのあとがき(フォロー)が入る形で書かれている。作者の2人は弁護士で大阪で弁護士事務所を開いて一緒に働いている。

 京都大学の学生時代に大学内のゲイの交流活動で2人は知り合っている。年齢は南くんの方が1歳ほど年上だ。たまたま同じ大阪の高校出身であることに気がついて、気が合うようになり付き合うようになった。その後、2人ともに弁護士になって2011年4月には結婚式をあげている。本の内容は、二人の出会い、就職と結婚、弁護士の仕事、家族との関係などを、同性愛者としてまた同性愛者同士で一緒に生きていく上で起こったことについて書かれている。

 この本を書店で見かけたら、是非開いて欲しいページがある。それは「P.49」だ。そのページには、南くんの誕生日を祝っている写真(2001年10月撮影)がある。この写真が何とも言えず素敵な写真だ。ボクはこの本を読み終わってからも、何度もP.49の2人の写真を見直してしまった。テーブルの上には、南くんのために作った吉田くんの手料理が並べられている。そして何と花瓶がないからとペットボトルに花が活けてある。吉田くんは写真を見て「パスタの盛り付けが雑なので愕然としてしまう」(P.59)と書いてるけど、そんなこと写真を見ている人には気にもならない。

 だって顔を寄せ合って写っている2人が本当に幸せそうだから……

 この本の中で何度か触れられているけど、吉田くんは他人のために料理を作るのが好きだそうだ。ボク自身も料理はよく作るけど、いつも自分のためだけに作っている。誰かのために料理を作ったことは一度もない。ボクが作る料理は、効率よく作れる料理。健康を損ねないように栄養が偏らないような料理だ。ただ自分のためだけに料理を作っている。この本を読んでいて誰かのために料理を作ってみたくなった。それだけ吉田くんが南くんのために作った料理が並べられた写真は素敵だった。

 とにかくこの本を見かけたら、P.49の写真だけは見て欲しい。きっと見てるだけで幸せな気持ちになれると思う。

 この本を読んでいて、2人は京都大学に通っていたこともあって、ボクの行った京都市内のハッテン場にも行ったことがあるのかな?とか思ったりもした。南くんは大学生になって大阪の実家から京都に出て一人暮らしをしている。その一人暮らしの中、インターネット経由で出会った同年代の大学生と性的な体験をしたと書いている(P.25~26)。ボクが大学生になって京都に引っ越したタイミングで、すれ違うようなタイミングで南くんは大阪の会社に就職しているので、直接どこかで出くわしたことはないとは思う。

 この2人は京都大学内のゲイ同士の交流活動を通して知り合っている。ボクも大学のサークルを探している中、ゲイ関連の同好会があるのに目についた。でもボクは大学生になってからゲイであることを隠して生きると決めていたから、その同好会にも入ることをせずにずっと隠して生きてきた。

 最近……その選択は正しかったのだろうか?と思うことが多い。

 周囲にカミングアウトせずにインターネットによってゲイの世界を知ることはできたけど、何だか地上の世界よりは地下の世界に潜ってしまった気がしている。もちろんカミングアウトすれば地上の世界でバラ色の人生だとは思わない。そもそも中学時代や高校時代はゲイであることを隠して生きて、大学時代に一人暮らしを始めてからカミングアウトするパターンが多いみたいだけど、ボクは何故か逆だったからな……と諦めの気持ちもある。

 もし大学時代も引き続きカミングアウトし続けていたら……P.49の写真に映った2人のような人生も起こり得たかもしれない。そう思いながらあの写真の2人を見ていると、何だか泣けてしまった。

 この本のレビューから話は少し変わる。

 この『僕たちのカラフルな毎日』という本だけど、先日に別の記事に書いた福岡天神のジュンク堂のLGBT特集コーナーに置いてあって興味を持ったので購入して読んでみた。そのジュンク堂のLGBT特集の棚だけど、12/4に福岡サンパレスであったライブに行くために天神を経由したのでついでにジュンク堂に寄ってみた。ボクが17時くらいに3階のLGBT特集の棚に行ってみると立ち読みしている人は誰もいなかった。それからボクが棚の本を眺めていると、男性の書店員さんが棚の前に段ボールを置いて組み立て始めて、棚の本を取り出して片づけ始めた。

 そっか……このLGBT特集は今日で終わりなんだ。

 ボクは3回もこの棚の前に立って本を見てたんだけど、他の人はみんな視線に入っても無視して素通りして行った。誰か一人ぐらいは立ち読みしている人を見かけたかったけど、最後まで会えなかった。ボクが棚の前にいると書店員さんが片付けにくいと思ったので立ち去ることにした。きっとLGBT特集の棚を設置するまでに多くの人が関係していると思う。どんな人達が関係しているのか分からないけど、ボクはあの棚の前に立って色々なことを考えさせられた。関係者の人たちに感謝したい気持ちで一杯だ。

 

小説『虹色のディストピア』の感想

 noteというサイトに掲載されている『虹色のディストピア』という小説を読んだ。

 作者の英司さんを知ったのは、少し前にボクのtwitterアカウントをフォローしてくださったのがきっかけだ。ボクも英司さんのアカウントをフォロー返しして、英司さんが『虹色のディストピア』という小説を書いたという告知が、twitterのタイムラインに流れて目についていた。その後、ひょんなことから英司さんとメールのやりとりもさせてもらって、以前から『虹色のディストピア』のことは気になっていたし、いつかは購入するつもりだったのでnoteを購入して読んでみた。

 まえがきで「ポリティカルコレクトネス疲れ」をテーマにしていると書かれていて、これとLGBTの関連性が分からず「はて?何の話だろう」と読み進めて行くと以下の文章に出くわした。

“次のニュースです。LGBT人権法の創設を求め、当事者団体が議員会館を訪れ意見書を提出しました。早期実現を求める野党に対し、与党は慎重な姿勢を取っています。”

(中略)

このニュースに出てきた意見書を提出した「当事者団体」によると、僕らは就職も困難で、貧困に陥り、差別や弾圧を受けているらしい。正直どこの国の話しだろう。少なくとも僕は彼らの言う「LGBT」には含まれていない。それはきっとヒロやユウキのような、どこにでもいるゲイたちも一緒の感覚だろう。

 この小説の中では、「LGBT人権法」の成立をさせようという話が出ていて、その法案に対する主人公の考えになる。この文章を読んだ時に、ようやく作者の英司さんが小説の中で伝えたいことが理解できた。小説の中に出て来る登場人物たちは、この「LGBT人権法」によって翻弄されていく。その法案によって社会や職場や周囲の人間たちがどう変わっていくのかが引き込まれて、読み始めて一気に読み切ってしまった。

 これは推測だけど、この小説を読んで恐らくボクと英司さんの考えは、かなり似ているのではないか?と思った。

 日本では東京オリンピックに向けてLGBTに関する理解を普及させようと急速に進めている。ネットニュースで流れていたけど、NHKのBSプレミアムという枠ではあるけど『弟の夫』がドラマ化されるらしい。それに他の放送局のドラマでもLGBTの登場人物が出て来るようだ。ボクはこれを歓迎している一方で少し不安も感じている。

 東京オリンピックが終わった後かその前ぐらいに、この急速に進んでいる流れの反動があるような気がしている。LGBTを許容していくことに「賛成」する立場が強くなる一方で、必ず「反対」している立場の人たちもいる。そしてそれらの潮流に対して「中庸」の立場の人たちもいる。

 今の日本の状況では、LGBTに関する理解を普及させることに反対という意見を公の場で発言できない。

 それでも反対派の人たちは一定数はいるはずだ。ボクはその反対派の人たちがいることが悪い事だと思っていない。きっと潮流が変わって「賛成」から「反対」の流れが強くなることもあると思う。このまま順調にLGBTを許容する流れだけが進んで行くとは思えない。ただこれはLGBTに限らない話だと思う。ボクは日本という国では、急速に何かが浸透していくより「やんわり」と「じっくり」と時間をかけて浸透して行く方が合っているような気がする。その浸透する時間がもどかしいけれど……
 
 ボクはこのサイトで、できるだけ社会的な発言はしないようにしている。LGBTに対する理解を進めようという流れに「賛成」する立場でもないし「反対」する立場でもない。サイトで文章を発信している立場上、全く黙ってもいないので「中庸」とも言えないような中途半端な立場だ。ボクはゲイだからゲイの人に向けてしか発信できないけど、ボクにできることは自分の今まで生き様を書いて、「こいつみたいな人生にはならないようにしよ?」と反面教師にしたり、「こいつバカじゃない?」と時間潰しに笑ってもらえればいいと思っている。

 ただLGBTに関して、賛成の立場にせよ反対の立場にせよ社会的な発言や活動をしている人は尊敬している。実際にその人達が活動して意見をぶつけ合ってくれたことによって、今のLGBTに関する理解があると思っている。恐らくボクが中学時代や高校時代にカミングアウトしていた頃よりは、はるかに生きやすい時代になっていると思う。ボクは自分の手を汚さずに濡れ手で泡を掴むように彼らが活動の成果を享受させてもらっている。

 ボクは何もしないままでいいのかな?

 以前から、テレビでLGBTに関するして発言している人たちを見てそう思っていた。そのことに対して心の中で後ろめたさを感じていた。その代償としてボクの中の勝手なルールとして、このサイトにアフィリエイト関連のリンクは貼らないようしている。リスクを背負って公の場に出て活動している人たちがいるのに、このサイトで本名を隠して匿名でしか文章を書くことができないことに自分に対する贖罪だと思っている。

 話しは『虹色のディストピア』に戻る。ボクは英司さんの文章を読んで嫉妬してしまった。「ポリティカルコレクトネス疲れ」や「LGBTの人権向上」に関する流れに対して、同じような漠然とした不安は思っていたけど、その不安に向き合って小説という形で表現してしまったことに対してだ。英司さんの文章を読んでいて、「創作小説」を書いてみたいという気持ちが沸き起こってしまった。今は自分に起こった過去や現在の出来事を中心に文章を書いているけど、いつか発信したいと思える何かが沸き起こって来たら小説という形で書いてみたいと思う。

 ボクは現時点では匿名の立場でしか発信出来ないけど、この作品で描かれたようなディストピアの世界にならないようにするには、賛成・反対・中庸のそれぞれの立場のLGBT当事者や周辺の人達が意見を出し合って、それぞれの立場の意見を補完しつつ落とし所をゆっくりと見つけていかなくてならないと思う。そして、その意見を形にするには、小説でも漫画でも歌でも絵画でもどんな形態でも発信していけばいいと思う。

漫画『放浪息子』の感想

放浪息子 15 (BEAM COMIX)

放浪息子 15 (BEAM COMIX)

 

 志村貴子さんの『放浪息子』という漫画本を読んだ。既に完結している作品で全部で15巻になる。全く知らなかったんだけど有名な作品らしくアニメ化もされているようだ。読み始めた当初は「退屈だな……」と思ってたんだけど、2巻の終盤くらいからハマってしまって一気に最後まで読んでしまった。

 この作品だけど、主人公の二人は同性愛者ではない。主人公は「二鳥修一」と言う「男の子」で「女の子」になりたいという願望を持っているけど「女の子」が好きだ。もう一人の主人公「高槻よしの」は「女の子」で「男の子」になりたいという願望を持っているけど「男の子」が好きだ。むしろ主人公の周辺に同性愛者がいる。彼らが成長するにつれてどう考え方や身体が変わっていくのかが、この漫画本の見所になる。小学時代から話が始まって彼らが高校を卒業して大学に入るところで終わる。

 この漫画本だけど読んでしまって少し後悔している。漫画本を読みながら気が付いたことをメモしていたんだけど、気がつくとかなりの量のメモになってしまった。このレビュー記事だけではとても紹介しきれないので、いづれ本編の中にこっそり織り交ぜながら書いていくことにする。また本編が終わるのが先になってしまいそうだ……orz

 主人公の二鳥君は「女の子」になりたいという願望を持っている。見た目も可愛らしく女装しても「女の子」にしか見えない。本人も自分が可愛いということを自覚しているようで、自分の女装姿に自信がある。ただ年齢を重ねるごとに、声変わりもする。性の目覚めも始まる。毛も濃くなる。骨格も男らしくなる。どんどん自分の中で「女の子」らしさが消えていき「男の子」に近づいていく。いや「男の子」ではなく「大人の男性」に近づいていく。そのことに二鳥君は恐怖を抱いていく。

 ボク自身は「女性」になりたいと思ったことはない。「男性」のままで「男性」が好きだ。ただ二鳥くんの気持ちは非常に分かる。ボクも中学1年くらいまで女の子に間違われことが多々あった。周囲の大人達から可愛がられていた。ただ中学時代からどんどん可愛い要素は消えていった。

 ある日、学校の帰り道に近所のおばちゃんと久しぶりにすれ違って挨拶を交わしたら、「えっ!あの神原君なの?」と驚いた顔をしていた。

 あっ……ボクはもう可愛いって言われる姿じゃないんだな。

 そう思った。ボクは心の中で、おばさんの反応に非常に傷ついた。だから二鳥君が「女の子」らしさが消えていくことに恐怖心を抱く気持ちはわかる。ちなみにボクの親や祖父母は、二人目の子供として「女の子」が欲しかったようで、ボクは子供の頃から「女の子が欲しかった」としつこく言われてきた。まさかこれがボクがゲイに目覚めてしまった原因とは思えないけど、幼少期から女の子とばかり遊んでいた。ボクは野球やサッカーといった男の子らしい遊びをした記憶が全くない。実は……今だに野球やサッカーの細かいルールを知らない。学校の体育の授業で野球をする時に、バッドの持ち方が分からなくて同級生から笑われた。ハンドボール投げも10mも飛ばないくらいだ。でも運動神経は悪くなくて徒競走やマラソンや水泳は得意だった。ただ男の子らしい遊びをしたことがなくて興味も無くてやり方が分からなかった。ママゴトや砂遊びなどばかりしていた記憶がある。

 少し話が逸れてしまうけど、ボクの周辺にも可愛い系の男性はいる。ボクよりは4歳ほど年上の人だ。彼は20代の頃、かなりの頻度で女性に間違われることもあるような人だった。30代後半になってもまだ20代後半くらいに若く見える。見た目は女性ぽいけど中身はバリバリの男性で女性が大好きだ。子供時代から「可愛いね」と言われて育って来たようで、仕種が女性ぽくて自分でも意識してやっているようだ。ただ……流石に30代後半になって、ぶりっ子な仕草をしていると周囲もヒイてしまう。誰か指摘してあげればいいのに!と裏では言ってるけど、ボクも含めて彼に告げる勇気は持てない。ボクは20代の頃の彼をよく知ってるから指摘することが残酷な気がして引けてしまう。それにボクは彼の気持ちが何となく分からないでもない。

 この漫画本では中学時代や高校時代の学園祭で、男の子が女の子の格好をしたり、女の子が男の子の格好をしたりと性別を入れ変わる劇を何度もしている。ボクはこの漫画本を読んでいて「果たして今の時代に性別を入れ換えるといった内容の劇を学校の出し物ですることができるだろうか?」と思った。今の世の中は、こういったテーマに敏感になっている。少し前にフジテレビの番組に「保毛尾田保毛男」が出て来て問題になったけど、いつの日かこういった内容の劇すらできない時代が来るような予感がしてならない。ボクは中学時代に修学旅行の出し物で男同士でキスする羽目になった。確かに当時は嫌だったけど、今では苦笑しながら振り返る思い出になっている。「もう一回やってみたいか?」と問われれば、「やってもいいよ」と答えると思う。この辺は人によって許容範囲が異なるので、どこに落とし所をつけるか難しいけど、あまりLGBTに対して過敏になるのも問題だと思う。

 最期の15巻で、二鳥君は成長して大人の男性に近づいてしまう。声も完全に男性になって背も高くなり首も太くなって骨格も男性になってしまう。そのことに気が付いた彼は自分の人生を文章に綴り始める。

 彼が出逢ってきた人達のこと。

 彼が今だに女性になりたいと思っていること。

 同級生に男の子になりたいと思っていた女の子がいたこと。

 二鳥君はそれまでに学園祭で脚本を何度か書いていたりしているが、それら全てが物語の最後に彼が目指すものにつながっている。彼は自分の人生を小説にして書き始める。

書けそうだと思った ぼくにも書けるかもしれない 見てもらうのは少し恥ずかしい でもこれはぼくの記録なのだ

 ボクは最終巻を何回読み直したか忘れてしまった。彼が選んだ道が、このサイトに文章を書いている自分の姿と重なって見えたからだ。

出逢いたくなかった人へ<1>

「早く君も来なよ!」

 ボクの目の先で笑顔で手招きしている男性がいる。その男性の目の前をクラクションをながらしながら何台もの車が凄い勢いで通り過ぎていった。

「えっ! 危ないですよ!」

 ボクが戸惑っている間にも彼の前をクラクションを鳴らしながら車が通りすぎていた。ボクがいるのは京都の堀川通の二条城前。堀川通は京都市内の中央に位置する大通りだ。道路の車線は5つ以上ある。時間帯は19時の帰宅ラッシュだった。

 手招きしている男性は横断歩道もない道路を次々と横切って行った。道路途中の
白線上で立ち止まっては、「早く君もついて来なよ!」と言う感じで笑いながら振り返っていた。彼のそばを車が次々と通り過ぎっていく。通りすぎる車の中では運転手が呆れた顔をして彼を見ていた。そして歩道を歩く人たちも呆れた顔をして彼を見ていた。

 どうしよう……こんな交通量が多い道路を横切ったら死んじゃうよ!

 ボクは500mくらい先に横断歩道があることに気がついた。彼に向かって「ボクは
横断歩道でそっちに行きますね」と叫んだ。でも道路の真ん中にいる彼には聞こえないと思ったので、横断歩道を指差してジェスチャーで伝えた。

 なんでこんなことになったんだろう……

 ボクはゲイ向けの出会い系掲示板を経由して彼と出会った。メールアドレスを交換して二条城前で待ち合わせした。ボクらは出会って挨拶もそこそこだったんだけど、彼は「ちょっと反対車線に行かない?」と言い出して急に道路を横断し始めたのだ。ボクは彼が何を意図して反対車線の歩道に行きたかったのか分からなかった。彼は理由を聞く間も無く道路に飛び出して行った。

 ボクは横断歩道まで来て信号が青になるのを待った。道路を見ると彼は無事に渡りきって反対車線の歩道にたどり着いていた。ボクは彼が事故に合わなかったことにホッとしつつも、「どうやら彼とは性格が合わなさそうだ」と思った。それからどうやって彼の誘いを断わろうか考えていた。

 ちょっと常識が無さそうな人だし、いきなり断ると怒り出すかな?

 ボクは横断歩道を渡って、ドン引きしているのを顔に出さないように注意しながら
彼の元に向かった。

 これはボクが今まで出会ったゲイ仲間の中でも一番困った人についての話です。

<つづく>

中島みゆきの夜会工場に行きました

前職のノンケ友人(村上)との会話でカミングアウト済み関係です

神原:いや……やっと長かった『愛から遠く離れて』って章が終わったよ。それから個人的な趣味の話なんだけど、グッドタイミングで福岡サンパレスに行って中島みゆきの『夜会工場Vol2』を見てきたよ ( ・ω・)

 

村上:珍しく一気に文章を書いてたよね。でもグッドタイミングって……その章が終わった話と中島みゆきの『夜会工場』の話に繋がりが見えないんですけど…… (・・?)

神原:うふふふふヾ(´∀`*)ノ  うひひひひ ヽ(*゚∀゚)ノ   げふふふふヾ(▽⌒*) あはははは ヾ(≧▽≦)ノ

村上:どうしたの?怖いよ……( ;゚Д゚)

神原:なんで笑ってるか聴きたい? (*´∀`*)

村上:聴きたくないよ! 君はどっかの女子か?(`ェ´)

神原:中島みゆきの『夜会工場Vol2』で『愛から遠く離れて』の生歌が聴けたんだよ。中島みゆきって本人曰く「多産型」だから持ち歌が400曲以上あるんだ。その中でも、ちょうど文章のタイトルにつけた『愛から遠く離れて』を、まさか生で歌ってもらえると思ってなくてね。中島みゆき本人は歌の一部しか歌ってないんだけど、それでも嬉しくてさ……きっとあの瞬間、会場の中で一番感動してたのはボクだったと思う  ( ̄∇ ̄*)

村上:俺は中島みゆきは聴かないな……母親は好きみたいだけど ( ・ω・)

神原:そうなんだよ……会場に入っても、ボクの父親や母親ぐらいの年齢層高めの客が大半なんだよね。その中に20代や30代の客がいると「あぁ〜この人も同年代の人と話が合わなくて大変な人生だったろうなぁ」とか親近感が湧いてしまいます (* ´ω`*)

村上:そう言えば確か2年くらい前に大阪まで中島みゆきのコンサートに行ってたよね? よく福岡から大阪まで行くなと呆れてました  ( = =)

神原:そのコンサートは『一会』ってタイトルだったんだ。中島みゆきが舞台袖から桟橋を歩いて登場したんだけど、「誰もおぼえていない〜あの桟橋に〜♪」って歌い出した瞬間に涙が出てしまって、隣に座ってた60代の夫婦に泣いてるのがバレないように隠すので必死でした (/_<。)

村上:そりゃ歌い始めた途端に泣くって「えっ……この人ってもう泣いてるの?」って感じだね(;´∀`)

神原:涙を拭くのが恥ずかしくて乾くまで我慢してました。今回の『夜会工場Vol2』でもラストの『産声』[*]って歌で泣いてしまった。特に以下の歌詞が心に響いてしまって。最近は過去の思い出ばかり振り返って文章を書いてるせいかな?( ̄ー ̄?)

忘れてきたもの何かある 捨て去ってきたもの何かある
どれも都合(たや)良(す)く消え去りはしない
どれも都合(たや)良(す)く呼び戻せるはずもなくて

 過去の思い出って、消え去りはしないけど都合よく呼び戻せるはずもないよなって、まさに痛感してる最中で、この歌詞を歌われるとオイラ泣いちゃうよ  (ノд・。)

村上:君は都合よく歌詞を解釈してるけど、正しく言うと君がロクなことしてなかったから、「消え去ることも出来なくて、でも思い出したくもない」ってことじゃない? サイトの文章を読んでるとそうとしか思えないけど? (ーヘー;)

神原:ギクっ! 数日後から書き始める予定の文章も『愛から遠く離れて』の章よりすこし前に起こった大学時代の出来事なんだ。本当にロクでもないことだったよ……(;´∀`)

村上:へぇ……有料ハッテン場の帰り道に、次は野外ハッテン場に行ってトイレ前で全裸の人がいたくらいのロクでもないことなの?(´。` ) 

 

神原:その件はコメントでも「行っちゃいけないだろ」って投稿があったんだけど、ボクも「行っちゃいけないだろ」って同感でした。ただ……トイレ前に全裸でいたおっちゃんの存在を消したら可哀想だよって思ってね。ボクの中でも名前も知らないけど大切な人なんだよ ( ̄・ω・ ̄)

村上:それでも……あれは行っちゃいけないだろ!『産声』って歌を聴いて泣きながら、君の頭の中ではトイレ前に立ってる全裸の人が頭をよぎってるのかよ!「どれも都合(たや)良(す)く消え去りはしない〜どれも都合(たや)良(す)く呼び戻せるはずもなくて〜♪」って何を考えて泣いてるやら  ( ゚Д゚)

神原:きっとあの人も60歳近くになってるだろうし、今更になって文章に書かれてるなんて思いもしないだろうね。警察に捕まってないといいけど。あの人のことも忘れてはいけないし、捨て去ってはいけない大切な思い出なんだよ (・`ω・)

[*]中島みゆき『産声』http://j-lyric.net/artist/a000701/l0338dd.html

愛から遠く離れて<16>

 はっきり言ってショックだった。彼には暗闇の中とはいっても、きちんとボクのことに気が付いて欲しかった。京都では何十人ものゲイの人たちと会ってきたけど、一番長い関係を持った人がたかぽんさんだった。それなのにこのザマだった。

 大学を卒業して東京に行くと京都には来る機会も無くなるし、ボクはしばらくして通路に出て、たかぽんさんを探した。これで彼と会う機会はないだろうと思った。彼に話かけるつもりはなかったけど最後に彼の姿を見たいと思った。けれど彼の姿は見つからなかった。一つだけ個室のドアが閉まっていて誰かがやり合っているが音が漏れていた。

 きっと彼はこの中にいるんだろうな……

 たかぽんさんに似た声が漏れていた。2人で話す笑い声や、キスやセックスする際に漏れる音が交互に聞こえてきた。ボクはドアの前に立って耳を澄ませていた。部屋の中から聴こえて来る声や音を聞きながら、彼に対する「怒り」や「嫉妬」などの感情、そして自分に対する「嫌悪」や「孤独」などの感情がぐちゃぐちゃになって湧き起こってきた。

 ボクはいったい何をしてるんだろう……
 
 部屋から漏れている物音を聞きながらそう思った。裸にタオル一枚を腰に巻いて立っている自分の姿がバカバカしくなってきた。ボクのやっていることは場所は違えど、あの鴨川の沿いの野外のトイレ前に全裸でいた人と変わらないと思った。

 さようなら。傷つけてごめんなさい。

 彼のいる部屋に向かって心の中で別れを告げた。それから服を着て店を出た。もう二度とこの店に来ることは無いと思った。実際にボクが次に京都に訪れたのは10年以上経ってからだった。その時には「サポーター」は閉店していた。

 外に出ると京都の冬は底冷えするような寒さだった。以前と同じように鴨川の河川敷を歩きながら、よく聴いていたあの歌[*]を小声で歌っていた。

一番好きな服を着て 一番好きな私でいよう
いつか或る日思いがけず船が出るかもしれないから
愛から遥か遠く離れて生きる時は
時計を海に捨てに行こう 永遠のリフレインに

 ある歌詞が胸に突き刺さってきた。

「一番好きな私でいよう」か……嫌なこと歌詞に書いてくれるよな。

 また暗闇の中で裸でタオル一枚巻いて立っている自分の姿を思い出した。

 きっと今のボクは自分のことが好きじゃないだろうな……

 むしろ「自分のことを好きじゃない」どころか「自分のことが嫌い」だと思った。結局、彼に復讐して残ったものは自己嫌悪だけだった。いつかきっと今の状況が変わるまでに、少しでも「自分のことが好き」でいたいと思った。
 
<終わり>

[※]中島みゆき 愛から遠く離れて
http://j-lyric.net/artist/a000701/l00f506.html

突然ですが、記事の下にあった「はてなスター」の表示を消しました。
このサイトを毎日更新していて、毎回スターをつけてくださる方にとっても正直なところ負担では無いか?と思ったのが理由です。私としては暇な時に時間つぶしに気軽に読んでくだされば嬉しいです。

愛から遠く離れて<15>

 この時、ボクは生まれて初めて計画的に復讐しようとしていた。それだけ彼のことを好きになりつつあったという裏返しなのかもしれない。少し前まで彼とチャットしたくてパソコンの画面を何度も見ていたのにそんなことは忘れていた。数ヶ月経っても彼からメールが来なくなって、ボクはようやく復讐が終わったことに気がついた。よく言われるような復讐したことへの満足感も虚無感も感じなかった。ただそんなことをした自分のことが嫌いになっただけだった。

 彼からメールが来なくなって1年以上経った。

 大学の卒業も決まって京都から離れて東京に行くことが決まった。就職活動も終わってしまい、ボクの中でぽっかりと時間が空いてしまった。当時のボクが選択した道は同じように有料ハッテン場に行って誰かと会うことだった。本当に馬鹿みたいに同じことを繰り返していた。でも他に選択肢が見つからなかった。カミングアウトしていない隠れゲイのままで生きていて、同じゲイ仲間に会える場所はそこだけだった。

 ボクは「サポーター」に行って3階のハッテンスペースの小部屋に入って寝転がっていた。有料ハッテン場に行った最初の頃は、ずっと店内をうろうろ歩き回っていたけど、ある日からめんどくさくなっていた。店に来ている客の総数が変わらないのに、同じ場所をうろうろしても意味がないと思っていた。一度でもすれ違えば相手が自分に気があるかは大体の推測がつくと思うようになっていた。小部屋に寝ころがって眠気に襲われてウトウトしていた。すると通路の方で微かな足音がして部屋の前に止まった。そして小部屋に誰かが入ってきた気配がした。ボクは目を少しだけ開けて小部屋に入ってきた人を見た。その人はしゃがんでボクをじっと見ていた。ボクは動かないでじっと暗闇に浮き上がった人のシルエットを見ていた。
 
 あれっ……この人知ってる気がする。

 暗くて顔もはっきりと見えなかったけど、ボクは何となく輪郭や背格好に心あたりがあった。記憶を辿っていくと、すぐにある人に思い当たった。

 この人……たかぽんさんだ!

 そう思って顔を見ると、暗い中でも微かに見える部分を頼りにだんだんと彼の姿がはっきり分かってきた。彼は手を伸ばして毛布越しにボクの体を触ろうとしてきた。ボクは彼の手を掴んではねつけた。彼はもう一度、ボクの体に手を伸ばしてきた。ボクはもう一度、手を掴んではねつけた。彼は首を傾げながらボクの方をじっと見ていた。もう彼とは関係を持たないと自分の中で決めていた。

 きっとボクのことに気がついてないんだ……

 ボクは声を出さないでじっと彼を見ていた。お互いに暗闇の中で目が合った。それから彼は体ごとボクの方に近付けてきた。ボクは布団から起きあがって彼から距離を取った。ようやく彼はボクの様子を見て首を傾げながら部屋から出て行った。

 何でボクだって気が付かないんだよ……ちゃんと気が付いてよ……

 彼が部屋から出て行った後、ボクは膝を抱えてそう思った。これが彼との最後の出会いだった。

<つづく>