ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

ライナノーツ<10>~はじめての有料ハッテン場~

「この章のアクセス数が一番多いなんて嫌だな」


この『はじめての有料ハッテン場』の章だけど、どうやら今まで書いてきた文章の中で一番アクセス数が多いようだ。


このサイトの右端に「人気記事」と書かれたアクセス数の多い文章が表示される欄がある。その「人気記事」の欄に『はじめての有料ハッテン場』の文章が毎日のようにランクインして表示されている。検索サイトを経由して、この文章にアクセスする多いようだ。


ほとんど毎日のごとく「人気記事」の欄に、この章がランクインされている。


ボクはこの欄を少し複雑な思いで眺めている。書いた本人が思うのもおかしいけど、なんだか人間の肉欲の深さを感じさせられてしまう。ボクとしては、この章以外に読んで欲しい文章はいくらでもある。これだけの数の文章を書いてきて、有料ハッテン場に関する文章のアクセス数が一番多いなんて少し残念だったりする。


「はじめて」や「有料ハッテン場」という言葉を検索してアクセスする人が多いようだ。そのことに気が付いてからは、文章のタイトルをわざと地味な言葉を使うようにしてきた。検索してヒットしやすいような「あおる言葉」は思いつくけど避けるようになった。最近だと『二度と行きたくない場所』なんて、ゲイとは全く関係のなさそうなタイトルをつけたけど意図してつけている。ちなみにボクの中では、レイアウトの問題もあって各章のタイトルをつける際に字数制限のルールを設けている。


ボクにとって有料ハッテン場の体験談ならいくらでも書くことができる。


この『はじめての有料ハッテン場』の文章の中でも、有料ハッテン場の見取り図まで描いて貼り付けたけど、似たような文章ならいくらでも書くことができる。過去に行った店の件数だけ書くことができる。でも何度も書きたいと思わない。一度だけ書けば十分だ。恐らく書けばもっとアクセス数は増えるのかもしれないけど書きたいと思わない。肉体関係などの生々しい文章を書きたいわけではなく、もっと別の側面を書いていきたい。有料ハッテン場での肉体関係だけ書いた文章なら、ネットで検索すればいくらでも見つかるだろう。


とはいえ、やっぱり自分の体験に基づいて書いてきた文章なので愛着のある文章の一つでもある。これまでに40章以上の文章を書いてきたけど、その一つ一つが自分の子供のように感じている。そしてボクにとって意外と読まれていない人気のない文章の方が可愛い存在だったりするから不思議だ。


ボクにとって『はじめての有料ハッテン場』も大切な子供の一人だ。


でも少し複雑な思いを抱きながら見守っている子供だ。

ライナーノーツ<9>~インターネットの同性愛世界~

「ハッテン場について、どこまで踏み込んで書こうかな?」

このサイトではハッテン場について赤裸々に書いているけど、文章を書き始めた段階では、どこまで書くべきなのか迷っていた。文章を書いてインターネット上に公開してしまえば誰でも読むことができる。ゲイの人が読むのならともかく、ノンケの人が読む機会だってあるはずだ。ノンケにはハッテン場について全く知らない人だっているだろし、そういった知らなくていい人にまで読ませてもいいのだろうかと迷っていた。

でもインターネットで検索すればハッテン場に関する情報や体験談なんていくらでも見つけることができる。それに他の人が書いたハッテン場に関する文章は肉体関係を中心に赤裸々に書いたものが多くて、ボクが読みたいと思っているような文章ではなかった。

それで、いろいろ迷った結果、やっぱりハッテン場について書くことにした。

そういったゲイの世界の負の側面も含めて、きちんと文章に書くべきだと思った。それにボクにとって欠かせない出来事の多くはハッテン場に関連したものが多かった。

ボクは『京都ハッテン場ガイド』というホームページを見つけてハッテン場の存在を知った。

そしてホームページに書かれた内容を暗記するまで目に焼き付けてから原付に公園に乗って向かった。当時はスマホもない時代だったから、野外でインターネットにアクセスできるような環境ではなかった。

昼間の公園に行ってみて、ホームページに載っていたベンチを見つけて「このベンチに夜になったらボクと同じゲイの人が座っているのか」と期待に胸を弾ませていた。でも夜になって公園に行ってみて残念な結果に終わってしまった。

結局、ボクは野外のハッテン場で誰かと肉体関係を持つことは最後までなかった。

ボクが踏み込むことができたのは話し相手までが精一杯だった。

野外のハッテン場で会う人は、ボクよりも年の離れた年上しかいなかった。ただ一人だけを除いて。

京都の鴨川沿いにデルタ地帯と言われる場所がある。そこでボクは一歳年上の大学生と出会った。その人はデルタ地帯の近くにある大学に通っていた。お互いに野外のハッテン場で同年代の大学生と会ったのは初めてで会話が弾んだ。

そして「この人と付き合ってみたいな」と思った。

「この人ならきっと好きになれそう」と思った。

そして「もしよかったら付き合ってみませんか?」と口から出かかっていた。

なんとなく相手の大学生も似たようなことを考えているように感じた。でも相手の大学生の好みのタイプを聞いているうち「やっぱりボクじゃあ無理かな?」と思って諦めてしまった。

「もしあの時に勇気を出して誘っていたら」と思い出しては今でも後悔する時がある。もし断れていても今もこうやって後悔しているような状況よりはマシだったように思う。

ボクが野外のハッテン場で出会った多くの人の中で「この人と付き合ってみたい」と唯一感じた人だった。 

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ライナーノーツ<8>~同性愛者の友達が欲しい~

「ゲイ向けの出会い系の掲示板を経由して、初めて出会ったゲイ仲間は女装子だった」

大学時代、周囲のノンケの人たちにも「出会い系の掲示板」に書き込みをしている人がいた。もちろんボクの書き込んでいた掲示板とは求める性の対象が違っていた。

ある飲み会の最中、先輩の一人が「出会い系の掲示板に書き込んで女性と会ってみた」と、酔っぱらった勢いで語り始めた。その場にいた人たちは興味津々といった雰囲気で先輩の話に耳を傾けていた。

その先輩曰く、掲示板上でやり取りしていた女性と実際に会ってみたら、予想よりもずっと年配の女性だったらしく、その女性の容姿に対して文句を言いながら「それでもホテルに行って寝た」と話していた。その場で話しを聞いていた人たちは本音を表情には出さないようにしていた。ボクは「ゲイもノンケも出会い系の掲示板の世界は大して変わらないんだなー」と呑気に考えていた。

飲み会の帰り道。その先輩の話を一緒に聞いた友達と二人きりになった。

そして友達から「出会い系の掲示板に書き込むとかありえないよね?」と話しかけてきた。ボクは「そんな掲示板に普通は書き込みしないよね」と作り笑いをして答えていた。友達は「そういった掲示板に書き込もうと思ったことが一度もない」と話しかけてきたので相槌を打った。

まさか一見、地味で真面目そうに見えるボクが、夜な夜な「出会い系の掲示板」に書き込んでいるなんて、隣を歩く友達も想像もしていないだろう。しかも「ゲイ向けの出会い系の掲示板」に書き込んでいたなんて全く想像もしていないはずで、「ボクがやっていることを知ったら幻滅するだろうな」と思いながら会話を続けた。

生まれて初めてゲイ向けの出会い系の掲示板に書き込む。

あの時の緊張感が今でも忘れられない。

何度も何度も文章を書き直して、落ち着いていられずに部屋の中をウロウロと徘徊して、ようやく観念してから椅子に座った。そしてドキドキしながら震える手でマウスを持って、カーソルを動かして画面上の投稿ボタンを押した。

そして出会い系の掲示板を経由して初めて会った人は女装子だった。ちょっと失礼な表現になってしまうけど失敗気味の女装子さんだった。

ボクは京都市の「丸太町通り」を目にする度に、イサムさんと会った夜を思い出す。あの夜、横断歩道を渡って近づいてきた彼の姿を思い出す。ボクは彼の姿を見て平静を装うのに必死だった。その場に彼を残して逃げ出したい気持ちもあった。

彼は「こんな姿で驚いた?」と申し訳なさそうに言った。

ボクはその姿を見て逃げるのを止めた。同情や好奇心に近い感覚ではあったけど、一人の人間として彼と話してみたいと思った。

あれから10年以上経つ。

今となっては彼と出会った夜の出来事は、ボクにとって大切な思い出の一つになっている。

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ライナーノーツ<7>~ゲイとしての居場所作り~

「この文章が2018年のボクの行動を引っ張り続けてくれた」

ボクにとって『ゲイとしての居場所作り』は、そんな感じの大切な文章になっている。

2O18年3月から、ぽつぽつと『ゲイとしての居場所作り』の文章を書き続けて、もうすぐちょうど1年間が経つことになる。メールにサイトの感想を書いて送ってくれる人たちも、この章について言及してくれる人が圧倒的に多い。ボク自身だけでなく他の人にとっても興味がある内容のようだ。

ボクは今まで他の人が書いた文章を読んで、その文章の中で気になる「言葉」を見つけてはメモなどして心に刻んできた。何か悩むようなことにぶつかれば本を読んで、自分にとって答えになるような「言葉」を探し続けてきた。自分が悩んでいることは他の人も同じように悩んだことがあって、その答えが本に書いてあると思っていた。もしくは誰かしらボクの心に刺さるような「言葉」を書いてくれていた。ボクはそういった「言葉」を探して自分なりに消化して、考え方や生き方の参考にしていった。

ただ、この『ゲイとしての居場所作り』の章を書いていくうちに驚くべき心境の変化があった。

それは自分が必要としている「言葉」は自分の手で書くことができるというものだった。

この章に書いた文章は、ボク自身が必要としていた「言葉」だった。

自分の道を照らすような「言葉」は、誰かが書いた「言葉」の中に探す必要はなくて、自分の手で書けばいいということを気がつかせてくれた。

この章を書いてなかったら、間違いなくボクの一年間は違ったものになったはずだ。そういった理由から、この章に書いた「言葉」は2018年のボクの行動を引っ張ってくれたと感じている。

でも、残念ながら次に書く文章で、この『ゲイとしての居場所作り』の章を終わらせる予定だ。何を書くのか内容も大体は決まっている。恐らく書き始めて1年を迎える3月末までには書き終わることになるだろう。

それで「ゲイとして居場所を作る」ということに対して「最終的な結論はどうなるのか?」というと、2018年5月10日に「ゲイとして福岡で生きていくことに決めた」というタイトルで書いた文章よりも、もっと前に書いた文章が最終地点だったりする。

うーん。2018年どころか2017年の真ん中頃に書いた文章まで戻るかもしれない。そこにボクが本当に求めていた「居場所」なるものが既に書いてあったりする。

この章はボクの人生を大きく変えるきっかけをくれた。

そうなることを狙って書いた訳じゃなくて偶然の産物だった。

これからも自分の道を照らす「言葉」を自分の手で書いていきたい。 

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ライナーノーツ<6>~はじめて会った同性愛仲間~

「初めて会ったゲイ仲間が誰だか覚えてる?」

ボクが初めてゲイ仲間と出会ったのは高校時代だった。

これは他の人よりは少し早いのかもしれない。ボクの場合はちょっと状況が違って、中学時代から同級生に対してカミングアウトしていて周囲に全開状態だった。後は、周囲にいるはずの隠れゲイ仲間から「ボクも仲間だよ」という合図を送ってくれればよかった。

でも合図を送ってくれたのは一人だけだった。もう一人だけ「ボクも仲間だよ」という合図を送ってくれた同級生がいたけど、卒業後の同窓会のタイミングで後の祭りだった。

初めてゲイ仲間と会った時の気持ちはどうだった?

自分以外にゲイの人がいることが分かって嬉しかったのかな。

ボクは初めて自分以外のゲイがいること知った時に「嬉しい」という感情はなかった。

むしろ「戸惑い」の感情の方が強かった。

それは相手の同級生がゲイだと気がついた状況のせいかもしれない。ボクの方がちょうど体操服に着替えるというタイミングで、相手からギラギラとした視線を向けられてしまったからだと思う。彼から性欲丸出しの視線を向けられてたじろいでしまった。同性愛者とは言え、好きでもない同性から好意を向けられて「戸惑う」という経験をしてしまった。それで彼がゲイだと気がついても「そうなんだ」という冷めた状態だった。

はっきり言って、ボクにとって彼の存在は重荷にだった。

彼がゲイだと気がついたことを周囲にバレないようにしなくてはいけなかった。それに彼から授業中にチラチラと視線を送られるのも鬱陶しかった。でも他人のことをトヤカク言えなくて、ボクもノンケの好きな子に対してチラチラと視線を送っていた。それでボクは彼がゲイだと気がついても存在を無視していた。もっと別の道があったかもしれないと、大人になって振り返り後悔している。

ボクは同級生に対して無防備にカミングアウトしていた。

ゲイ仲間から見てそういったボクの存在ってどういう風に見えたのだろう?

一つのクラスに一人か二人くらいの割合でいるはずだから、どんなに少なくとも学年内に6人くらいはゲイ仲間がいたはずだ。もちろん皆はカミングアウトなんかしていなかった。

このサイト上に文章を書き始めてゲイ仲間からメールをもらうようになった。そして意外なことに大人になっても同じゲイ仲間と出会ったことが一度もないという人が多いことを知った。それにゲイネタを話すようなゲイ仲間と出会ったことが一度もないという人も多くいることを知った。

最近、そういった人たちからメールをもらうようになって「ボクのカミングアウトもどこか知らない同級生にとっては何かの助けになったのかもしれない」と思うようになった。

もしかしたら同級生の誰かが「男が好きなのは俺一人じゃなかったんだ」という風に見ていたのかもしれない。

長い間「なんでカミングアウトしてしまったんだろう」と後悔ばかりしてきた。

でも、そう思うと少しだけ気が楽になった。

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ライナーノーツ<5>~大人の同性愛世界の入り口~

京都市内は大学の数が多い。ついでに銭湯の数も多い。

そういった状況なので大学近くの銭湯には大学生が多く訪れていた。そんな大学生を目当てにゲイたちも多く訪れていた。京都市内にある銭湯の出会い系掲示板も立ち上がっていて、それなりの頻度で書込みがあった。もちろんボクがゲイの方と遭遇した銭湯の呼び込みの書込みも数多くあった。

ボクを見て「こいつはゲイだな」と思って声をかけた方も、ボクの反応が薄くて間違ってノンケに声をかけてしまったと思って逃げたのだろう。あのゲイの方の勘は鋭くて間違っていない。むしろ勘が鈍かったのはボクの方で不穏な銭湯内の空気に全く気がついていなかった。

今になって振り返ってみると「大学の同好会にどうして顔を出してみようと思わなかったんだろう?」と不思議な気がする。

ゲイカップルの弁護士の南和行さんと吉田昌史さんは、京都大学のゲイ関連のイベントがきっかけで出会って付き合うことになったのだ。彼らと年代的にも近く、恐らく吉田さんが大学を卒業して社会人になった時に、ボクの方がすれ違いで京都市内の別の大学に入学している。

ボクは彼らが書いた『僕たちのカラフルな毎日』を読んで、大学時代の自分の選択を後悔していた。

もし同好会に入っていれば、自分の大学だけじゃなく他の大学のメンバーとも幅広く交流があったかもしれない。京都市内にある他大学のサークルの紹介冊子を見る機会もあって、他の大学にも似たような同性愛の同好会が存在していることを知っていた。

もし同好会に顔を出していたら、もっと違った人生が待っていたかもしれない。

でも当時のボクは頑なに同好会の存在を拒否していた。

今更になって後悔してみても仕方がない。恐らく当時のボクは同じ大学の同級生にバレるのが怖かったのだろう。

あの当時のボクは「自分はゲイじゃない」という演技を頑張っていた。

そんなボクと同じように、ゲイの同好会について話したゼミ仲間も「俺はゲイじゃない」という演技をしていたかもしれない。同性愛者は身近にいて、高校時代の同じクラスにはボク以外にもゲイが二人いた。一つのクラスに最低三人はいたことになる。

銭湯の話には少しだけ続きがある。

大学のゼミの飲み会が終わって、ゼミの教授を含めて男連中の数人で「銭湯に行こう」という話が出てきた。その時、メンバーの一人が「あの銭湯ってホモがいるんですよ」と言い出して「襲われたらどうしよー」と騒ぎ始めた。ボクは皆の前で作り笑いをして彼らの会話を受け流していた。そしてこっそりと銭湯に行くのを辞退した。

恐らくあのゼミのメンバーにも、もう一人くらいはボクと同じゲイの人はいたはずだ。きっとボクと同じように作り笑いをしながら話を聞いていたんだろう。

素知らぬ顔をして話しているけど、身近に自分と同じゲイの人はいる。

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ライナーノーツ<4>~過去との決別~

「いつの時代から書き始めたらいいのだろうか?」

ゲイブログを書き始めるにあたって、そんなことを迷っていた。

ボクの場合は、カミングアウトした中学時代から書くべきなのか? カミングアウトして一番ひどい目にあった高校時代から書くべきなのか? 本格的に同性愛の世界に踏み込んだ大学時代から書くべきなのか? それとも今も生きている社会時代から書くべきなのか?

そんな感じで、どの時代から書くべきなのかをあれこれ迷っていた。

もしかしたらボクと同じように過去の出来事を振り返りながら文章を書き始めようと思った人たちの大半が、どの時代から文章を書き始めたらいいのか迷ったんじゃないだろうか?

これが几帳面な性格の人であれば、幼少期から真面目に育っていった順番に文章を書いていくかもしれないけど、ボクの場合、適当でいい加減な性格なので自分が書きたいと思った時代から書こうとした。

とは言っても、ゲイであることをカミングアウトした時代も書きたいし、ゲイとして一番活動をしていた大学時代も書きたいし、正に体感している社会人時代からも書きたいと思った。

さてどうしたものか……書きたい時代がいくつもある。

それで「これら全ての時代が交差しているような瞬間は無かったろうか?」と思った。そして振り返るうちに、ある瞬間を見つけることが出来た。

大学時代で卒業する前のタイミングで、中学時代や高校時代の同級生たちとの再会したタイミングで、これから社会時代に足を踏み出すタイミング。

「よし。このタイミングなら全ての時代を網羅している」

それで大学を卒業する間際に、帰省して同級生と再会している場面から書くことを思いついた。

ボクは「この場面しかない」と思って恐る恐るキーボードを叩いて文章を書いた。

でも今となって振り返ってみれば、そこまで深刻に考えずに、いつの時代でも書きやすいところから書けばよかったと思っている。どうせ、あれこれ色んな時代から中途半端に書き始めているのが現状だ。

とっくの昔にボクの中の初々しさは消滅してしまっていて、「この話をずっと書いてたけど、もう飽きた」「別の話が書きたくなったから、こっちを書こう」「あれ?そもそもこの文章って何が書きたかったんだっけ?」と、かなり加減だったりする。それで書くのを忘れて放置したままだったりする。

しかも今回、この文章を書くにあたって改めて読み返してみて、最初の書き始めたはずの『過去との決別』の章が未だに書き終わっていないことに気が付いて愕然とした。

でも……まぁ。そのうち書けばいいさ。

と、相変わらず適当でいい加減な性格なので開き直ることにした。

そんな性格を直すつもりも毛頭ない。ずっと書き続けていれば、そのうち戻ってきて再開することもあるだろう。焦らずに地道に書き続けてさえいれば、そのうち、それぞれの時代の隙間も埋まっていくはずだ。

つまり言いたかったのは「そんなに気負わずに書き始めればいいよ」と「定期的に書くのを止めずにいればいいよ」ということだ。

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