ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

二人で不動産を買ってしまった

約一カ月ぶりの更新になる。

 

ここ最近は別のことに集中していて文章を書く気分になれなかった。

 

何に集中していたのかと言うと、彼と一緒に不動産を買ってしまったのだ。

 

僕たちが購入した物件は「イレギュラー案件」らしく、一般的な住宅街の一戸建てではないため、何をするにして参考事例が少ない。彼と「どうすればいいのかな?」と相談しながら徐々に進めている。ついでに物件だけでなく表向きは、友達同士で一緒に住むという形になっているので、こういった要素も複雑な状況を更に生み出す要因になっている。

 

そんな過程の中、彼の母親と会う機会があった。

 

既に何回か会っていて、つい先日はお母さんと15分間くらい二人きりの状況があった。特に当たり障りのない会話をして時間が過ぎたけど、いつか二人きりでじっくり話す機会を自然に持ちたいと思っている。別にカミングアウトする気はないけど、僕は彼のお母さんと話したいことがいくつかある。恐らくお母さんも僕と話したいことがあるんじゃないかと感じている。表向きは友達同士ということになっていて、1年くらい前にいきなり現れた、その友達と一緒に不動産を買うことになって「いったいどんな人なのだろうか?」と、僕の素性について興味があるはずだ。

 

それにしても、彼と付き合い始めてから1年も経たないうちに農業を始めて、不動産まで買ってしまうとは、当然だけど予想もしていなかった。

 

彼は「これをやりたい」「あれをやりたい」と、とめどもなく次々と言ってきて、僕を飽きさせることがない。そもそも僕たちにとっては「自分がゲイ」であることよりも、もっと別のことへの関心の方が高かったのだと改めて感じている。僕も昔のように喫茶店に籠って本を読んだり、美術館に行ったりするような生活には戻りたくない。そんな同じことの日々繰り返しの生活から僕を連れ出してくれた彼に感謝している。

 

先日も草刈り機で雑草を刈ったり、チェーンソーで木を切ったりしていたけど、自分の状況の変化に驚いている。ついでに、ここ一か月間は、インパクトドライバーやらマルノコやらトリマーやらディスクグラインダーやら、少し前までの見ても何の用途に使うのか全く分からない工具を買うようになった。

 

もう少しで暑い季節が終わり、涼しくて作業がしやすい季節を迎える。

 

来年の3月ぐらいまでに不動産に関しては、一定の目途をつけたいと思っていて、僕と彼の二人だけでは手に負えないので、もっと周囲の人たちの力を借りようと思っている。

 

このサイトの更新頻度は少なくなるかもしれないけど、僕は何やらかやら状況が変わっていて楽しく過ごしている。

おのぼり二人紀行<34>

ちょうど彼と一緒に農業を始めて一カ月が経った頃、ある本が発売されて読んだ[*1]。その本の中で次のような文章が書かれていた。

 

石牟礼道子さんとは晩年にお話する機会がありました。そこで、彼女の代表作である『苦海浄土 わが水俣病』を、どうしたら若い世代に伝えていくことができるのか、という話になりました。

すると石牟礼さんは、しばらく考えて、「手仕事をするといいですね」といったのです。どんなに詳しく本の中身を説明しても、分かってもらうことはむずかしいかもしれない。しかし、手を動かして仕事をするようになれば必ず見えてくるものがある。その大切なものを無残にも破壊したのが水俣病事件だというのです。 

 

この本には石牟礼道子さんの言葉を引用した後、彼女は「頭を働かせるだけでなく、同時に手を動かすとよい」と意味で、この話をされたと書かれていた。先にも書いた柳宗悦の『手仕事の日本』の中では「手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。」と書かれていた。

 

去年の夏頃から石牟礼道子さんや志村ふくみさんといった人たちの書いた本と出会った。それから彼らに影響を与えた人たちが書いた本を読むようになった。彼らが書いた本を読んで、自分が探していた言葉がようやく見つかったように感じていた。それと生きる姿勢についても感じるころが多い。つい先日読んだのは志村ふくみさんの友人の永瀬清子さんの書いた『短章集』という本だったけど、自分の中で漠然と感じていたことが、はっきりと文章に書かれていて驚いてしまった。永瀬清子さんは結婚して生活のために農業をしながら詩人しても活動をされていた女性だ。

 

そういった本と出会っている最中に、彼と出会ったのは僕としては「縁」と言うしかなかった。「ゲイ以外の側面」で自分が進んで行きたい方向が見えてきた時、同じ方向を向いて一緒に歩いていける人と出会えた。ついでに「ゲイの側面」も一緒に抱えて歩いていける人と出会えたのだ。

 

ちょうど、この章の文章を書いている途中で、彼と会ってから一年が経った。彼は「一人ではできないと思っていた」と言って僕に対して感謝してくれているけど、それはお互い様としか言いようがない。「よくぞあの日メールを送ってくれた」と僕も彼に感謝している。

 

<つづく>

[※1]考える教室 大人のための哲学入門 NHK出版 著者:若松英輔

おのぼり二人紀行<33>

僕の仕事は、職場の仲間たちの仕事を奪っている。業務の効率化を突き詰めていくと、人の手作業は少なくなってくる。それは直接的にではないにせよ間接的に同僚たちの仕事を奪って殺しにかかっているのと同じことなのかもしれない。

 

現時点では、派遣社員やパートの首が切られているけど、いつの日か正社員の同僚たちから「自分たちの仕事が奪われた」と言われる日が来るかもしれない。仕事や職場の人間関係が好きな分、自分がやっている仕事に対して矛盾を感じるようになっていた。

 

これから先、片足を今の職場に突っ込んだ状態で、もう片足は新しい生き方の模索に突っ込んだ状態でいる方がいいように感じるようになっていった。ただ、それも副業のようなものではなくて「お金を稼ぎたい」とか「スキルアップしたい」といった考えには興味がない。

 

貸農園で農業を始めてから、二人では食べ切れないくらい野菜が収穫できるようになった。

 

彼の方は、既に収穫した野菜を知り合いにあげたりしている。僕も職場の人たちにあげたいと思っている。少し前に、職場で「野菜が食べ切れないくらいあるけどいりますか?」と質問したところ、同僚たちから「欲しい」「もらえるならいくらでももらう」と言っていた。理由を訊いてみると、子供が何人かいる家庭では、スーパーマーケットで野菜を買ってもすぐに無くなるらしく、それでも「なるべく子供たちに沢山の野菜を食べさせておきたい」と思っているようだ。

 

どうせ二人では食べ切れない量が収穫できるのだから、もっと周囲の人たちにあげていきたいと思っていて彼も同じような考えを持っている。ゲイと側面が同じだけでなく、こういった考え方も似ている人と出会えて嬉しい。

 

そういった感じで身近な人たちを大切にするための手段として農業をしていきたいと思っている。それは別に農業である必要ではなくて、大工のようなものでもいいと思っている。大事なのは自分の手を使って、他の人のために何かをしてあげることのように感じている。

 

畑で自然と向き合って作業しているとあっという間に1時間や2時間が過ぎていく。

 

傍からは僕は精神的なストレスをほとんど抱えていないように見えるらしく、実際に僕自身もそれほどストレスを抱えていると感じてはいなかったりする。ストレスは人間同士の間で起こるもののような気もしていて、自分と他人を相対するから起こるように感じている。自然を向き合っていると感じることが少ない。

 

そもそも僕は「沢山の人と会うことが本当にいいことなのか?」と疑問に感じている。

 

むしろ「この人と絶対に出会いたい」と思った人と出会って、その少ない出会いを大切にしている方が重要だと思っている。

 

僕が他のゲイブロガーに無暗に会いたくないのには、いくつか理由があるのだけれど、縁があって出会った身近にいる人たちや大切にしたいと思っているのと、それに一人で文章を書いていることが大切だと思っているからだ。

 

<つづく>

おのぼり二人紀行<32>

僕は自分の職場にシステムの導入を進める仕事をしている。

 

システムを開発することもあったけれど、最近は自分で一から開発をしている余裕はなく、どちらかというとシステムベンダーが開発している製品を購入して、自分の職場の運用に合わせて導入を進めていくような立場だ。いろいろなシステムベンダーの営業に来ては製品を見る機会も多く、システムの展示会のようなイベントに行く機会もよくある。最近では、AIやRPA関連のシステムも見かけるようになった。既に「これは使えそうだな」と思う製品も見かけるようになっている。現時点では、組織の予算の都合があり、そもそも現場のシステムに対する理解や要望がそこまで進んでいないから導入はしないけど、恐らく遠くない未来に導入は進んでいくだろうと予感している。

 

例えば、ある部署にシステムを導入したとする。

 

その部署に所属している人たちは「便利になるから」と言って協力してくれる人もいる。もしくは組織の上層部からの指示で仕方なくやっている人もいる。そうやって協力してシステムを導入してシステムを稼働した結果、その部署から最初に減らされているのは派遣社員だったりパートだったりする。そして場合によっては正社員を別の部署に異動させたりもして、部署の人数は減らされていく。

 

組織の経営者層と話していても、そのシステムを導入することで業務が効率化されることも考えているけれど、効率化された結果、どれくらい人数が減らせるのかを常に考えている。大きな組織であればあるほど似たような状況だと感じている。システム導入費だけでなく、導入した後の保守費もかかるので、それに見合う分の人件費を削減したいという気持ちは理解できる。ただ「効率化」という言葉の下に「人」が「システム」に入れ替わっていくのを感じられて複雑な気持ちになる。

 

はっきり言えば、僕の立場は、他の社員にとっては「首切り」をしているようなものかもしれないと思う時もある。

 

僕は銀行業界に属してはいないけど、子供の頃、親に連れられて銀行に行った時、窓口や奥の方に多くの社員の姿があった。それから大学生になって口座を作るために銀行に行った時、子供の頃に見た時よりもずっと人数が減っていた。数年前、転職してから給与振り込みで使う口座を開設するために、久しぶりに銀行の窓口に行った時、大学時代よりもずっと人数が減っていた。ただ、本を読んでいると、それでも日本の銀行は、海外の銀行の店舗に比べればずっと人数が多いらしい。海外では人がおらず、タブレットが置いてあってモニター越しに遠隔で操作を説明するだけの店舗もあるようだ。窓口業務に限った話ではないけど、ニュースでも流れている通り、銀行業界は一気に人員削減が進んでいくと思う。これは別に銀行業界に限らない話で全体的に人は削り取られていくだろう。

 

システム導入を進めていけば僕の仕事は必要性が増してくる。

 

恐らく僕が仕事をしている業界は、これから20年ぐらいは大丈夫だと思う。それに僕の職種自体の必要性は増してくるだろう。ただ、そうは言っても僕自身も時期によるけど週二休ではなく、週三休でも四休でも十分に仕事が回るのではないか?と感じる時もある。さらに自分の職場を見渡していても、本当はもっと人が少なくて済むだろうとよく感じることがある。

 

ただ「このままでいいのだろうか?」と考えていた。

 

僕は「ゲイの側面に関しては、どう生きていけばいいのだろうか?」と疑問とは別に、そういった疑問も漠然と感じていた。当時の僕にとって「仕事」は大切な部分を占めていた。仕事をしている間は、余計なことを考えなくて済むからだ。

 

そんな時期に彼と出会った。

 

僕としては今の仕事を辞めて農業を専業でやるつもりはない

 

彼と一緒に市役所の新規就農窓口に行って農地に関する相談をしたりした。実家がもともと農家ではない人が、新規で農業を始めることのハードルの高さは感じている。それに、そもそも組織や制度を含めて構造上に問題があるように感じているけど、それは話が逸れるので、ここでは書かない。ただ、どちらにせよ大規模な農業もITを使った効率化の波は避けられないように思う。

 

僕がやりたいと思っているのは、あくまで家庭菜園レベルの農業だ。

 

<つづく>

おのぼり二人紀行<31>

4月に貸農園で農業を始めて、僕は仕事が終わって夕方から畑に行くようになった。

 

そしてスマホで写真を撮って彼に送り生育状況を共有していた。さらに夜になると電話で「きゅうりが大量に収穫できたよ」とか「テントウムシダマシが大量に発生していたよ」と話していた。そして「次はこの対策をしようね」とか「これを植えよう」といった計画を立てて、お互いに休日になると一緒に畑に行って作業していた。

 

僕にとっては農業は未知の分野だったので新しい発見の連続だった。

 

この植物が、どれくらいの期間で成長して、どういう形になって実を付けるのか、どういった病気にかかるのかも知らなかった。食物だけじゃなく、この虫がどういった時期に現れて、何科の植物を狙っていて、ある時期になると消えて次の虫に交代していくのかも知らなかった。さらに季節や気象も関係していて、農業をやっている人なら当然知っているようなことを全く知らなかった。

 

そもそも僕は農業に関しては全くの未経験者だった。

 

一方、彼はもともと植物が大好きで過去にも何度か貸農園を借りたことがあった。

 

そんな僕が農業をやってみたいと思ったのには、幾つか理由がある。

 

僕は今でこそ福岡で生活しているけど、これまでの人生、実家のある県だったり、関東だったり、関西だったりと日本各地を転々としてきた。自分がゲイであることもあって、なるべく実家から離れて生きてきた。今も1年間に2回~3回帰省するかどうかで2日も滞在すればいい長い方ぐらいだ。それなら新しい土地で根を張って生きていけばいいのかもしれないけど、それも難しかった。

 

まるで根無し草のような状態だった。

 

福岡に住み始めた時も「次はいつまでこの街に住むのだろう?」と歩きながら考えていた。幸いなことに転職してから福岡でやりはじめた仕事は順調だったので、しばらく経ってから「このまま福岡で生きていくのもいいな」と思い始めていた。

 

それから

 

どうにかして福岡という土地に根を張って生きていけないだろうか?

 

と考えていた。

 

まだ彼と付き合い始める前、僕はあれこれ考えて福岡に根を張る方法を模索していた。でもいい案は見つからなかった。これがノンケの男性であれば女性と結婚して、子供を作って、家を買って、そういった自然な過程を通して自分が住んでいる街に根を張って生きていくのだろう。でもゲイの僕には無理だった。周囲の同年代は、どんどん結婚していくし、みんな子育てに忙しくなっていた。

 

そんな中、彼と出会って付き合い始めてから「植物好き」だということに気が付いた。


最初の頃は、「へえー植物好きなんだー」と思いながら、彼が過去に貸農園を借りていた話や、「あの植物を育ててみたい」といった話を聞くだけだった。そんな中、僕の頭の中で、ふと「僕も彼と一緒に農業を始めてみたらどうだろうか?」と思いついた。

 

僕も植物を育てながら福岡という土地に根を張ることはできないだろうか?

 

そんなことを考えるようになった。

 

過去に一人でいた時に、あれこれ模索して諦めていた問題の解決への糸口が見つかったような気がした。僕はゲイで子供もできないけど、それなら代わりに農業を通して福岡に根を張って生きていきたいと思った。農業を通して地元の人たちとの繋がりを作ることができるんじゃないだろうかと思った。

 

そんなことを思いながら彼と一緒に農業を始めてみたけど、そもそも僕はこれから先の時代、農業に限らず「手仕事」というものに可能性があるように感じている。

 

<つづく>

おのぼり二人紀行<30>

旅行4日目の朝。僕たちは練馬駅からそれほど離れていない場所に来ていた。

 

僕たちが来ていたのはJAが管理している貸農園の一つだ。

 

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その貸農園の一画で、ある有名な農業家が畑を借りて作業している。

 

その農業家は農業大学で講師をしていて、農業関連の書籍も沢山出版している。さらに2010年からYoutube上で自分の農作業を動画配信している[※1]。かなりの頻度で配信していて動画数も大量にある。ここ数カ月間、僕たちはYoutubeの動画配信を一緒に見ながら、その方がやっている農作業で自分たちでも真似ができる所がないか、あれこれ検討をしていた。

 

そんな訳で、この貸農園は今回の旅行で絶対に行ってみたいと思っていた場所で、僕たちにとって聖地巡礼みたいなものだった。残念ながら本人はいなかったけど、隣の畑を借りている方からいろいろな話が聞けた。

 

そもそも何故、僕がこんな場所に来たのかと言うと、今年の4月から彼と一緒に畑を借りて「農業」を始めているからだ。

 

彼と2回目に会った時。僕は彼に連れられて福岡市の植物園に行った。

 

その日の直前まで、僕はどこに連れていかれるのか教えてもらえなかった。夏になると大濠公園から植物園まで直通のシャトルバスが出ていて、夜の植物園に入ることができる。僕は「なんでまた植物園に連れて来たのだろう?」と不思議に思っていた。ただ彼が温室内で目にする植物の大半の名前を知っているのに気が付いて、「この人は植物が好きなのかな?」と思っていた。ちなみに植物園で、夜の訪れとともに月見草が音を立てながら一斉に花を咲かせる幻想的な瞬間を見ることができた。

 

その後も、彼と一緒に歩いていると、植物の前で足を止めては、「これは×△×◯×△」と、僕が生まれてから一度も聞いたこともないカタカナの長い名前をさらさらと言っていた。その植物のwikiのページを見ると「日本では滅多に見ることが出来ない」とか「日本では希少」と普通に書かれているのだけれど、彼は少し見ただけで植物の名前が分かるみたいだった。僕の家で『ポツンと一軒家』というテレビ番組を一緒に見ていたのだけれど、人里離れた山奥に住んでいる人の家の庭で、ある植物がテレビに映った瞬間に、「絶滅危惧種だ!」と言っていて、その後、同じ説明が番組内でもされていた。

 

僕には何が何の植物なのか分からないのだけれど、そんな状態が続くので、彼と付き合い始めてから一カ月もかからないうちに「かなりの植物好き」ということに気が付いた。気になった植物があれば種や苗を手に入れて、自分で育てたりしていたらしく、それを料理に使ったりしていたらしい。

 

先にも書いたけど、僕は極端な所がある人が好きだ。

 

極端に突出している部分のある人は、その分だけバランスを欠いて他の部分が欠落している面もあるのだけれど、僕としては突出している部分も、欠落している部分も、その人らしくて人間臭い感じがして好きだ。そういった人と一緒に話している方が楽しい。

 

<つづく>

[※1]https://www.youtube.com/channel/UCBK-sZeM4dgz1dVm6UCMGKg

おのぼり二人紀行<29>

「あの子は油断ならないのよ」

 

彼の素の反応に面食らったのか、声をかけた客はそそくさと店から出て行った。その後、その客が出て行ってからのマスターの言葉が面白かった。どうやら他の客人にも気軽に声をかけているみたいだった。ちなみに後日、彼に声をかけられた時の心境を質問したのだけれど「いきなり言われて怖かった」と言っていた。

 

僕たちは席に座ってドリンクを注文した。僕の右に彼が座って、そのさらに右隣には30代後半くらいの客が1名。僕の左には酔っぱらい状態の30代の客と20代の若い客が2名座っていた。店の中は合計5人のお客とマスターが1人だった。

 

僕たちは席に着いてから少しの間、二人だけで会話していたのだけれど、20代の客から「もしかして二人は付き合っているんですか?」といきなり質問された。どう答えたらいいのか迷って、とりあえず頷くと「やっぱり」と言われた。

 

同じゲイの人から見れば、僕らも一応カップルらしく見えるみたいなので少しだけ安心することができた。

 

そもそもの心配の原因は、年上の僕が年下の彼に話すときに、丁寧語で話している件だったりする。一緒にいる時間が長くなるにつれて、ぎこちない感じが少しずつは崩れてきているけど、それでも丁寧語は完全に抜けきれない。九州の観光地に行った時に、店員さんから「大学の教授」と「学生」の関係に間違われたこともあった。

 

その後、僕たちは福岡から旅行で来たことを説明して、観光のついでに外国人が経営している料理店を中心に食べ歩いていることを話すると海外料理が話題の中心になった。

 

幸運だったのが彼の隣に座っている客が、僕たちと少し似た雰囲気を持っていたことだった。彼とも話が合うようで、二人で仲良く話をしていた。ただ、僕の左隣の2名の客に関しては、最初のうちは料理の話題についてきたのだけれど、あまり興味がなかったみたいですぐに飽きたようだ。そんな雰囲気をマスターはすぐに察して二人に対して別の話題を振っていた。

 

ちなみの僕はと言うと5人のお客の真ん中に座って、全員の様子を観察して楽しんでいた。そんな僕の考えをマスターは鋭く見抜いているように感じた。僕は集団の中に入って行くのが好きではない。どちらかと言うと集団の端っこに座っている方が好きだ。でも集団の端っこに座っているけど、話し合いをしている当人達よりも誰よりも真剣に話を聞いていたりする。集団の中心には中心のポジションの役割が、端っこには端っこの役割があると思っている。

 

30分くらい経った。

 

新しい客が1名ほど入ってきて僕の左の席に座った。

 

その客は僕たちと同じように野郎フェスに行った帰りらしく、カバンに同人誌を山ほど詰め込んでいた。

 

その場の話題は野郎フェスに変わった。

 

彼の方を見ると会話するのに少し疲れた様子だった。僕と違って彼は人に合わせようと無理してしまう性格をしているので「そろそろ帰った方がよさそうかな」と思っていると、さらに2人ほど新しい客が入ってきた。男性と女性のノンケの客みたいだった。僕はこのタイミングを逃さず、彼に「そろそろ出よう」と言った。それからマスターに声をかけて勘定を済ませてから店を出た。

 

これが僕たちにとって人生初めてのゲイバーだった。

 

僕たちは「あの店ならまた行ってもいいね」と言って新宿2丁目を歩いていた。

 

その後は東新宿駅まで歩いて電車を乗って宿まで帰った。

 

その日の夜も彼のいびきに起こされた。

 

一応書いておくけど、彼もそんなに毎日毎日いびきをかいて寝ている訳ではない。恐らく旅行で疲れているだけだと思う。彼のいびきの轟音を聞きながら、僕はまた布団の上でクスクス笑っていた。前日と同じようにしばらくすると鳴り止んだので、僕も朝までぐっすり寝ることができた。

 

<つづく>