ゲイ同士で心が通じ合った瞬間

 先週、仕事終わりに喫茶店に立ち寄った。

 早く読みたい本があって、一気に集中して読むための環境として喫茶店を選んだ。コーヒーを受け取って空いてる席に座ると、10メートルくらい離れた席に座っている男性の姿が目に入った。

 あれ……どこかで見た顔だな。

 ボクがジロジロと見ていたせいか、相手の男性と一瞬だけ目が合った。でも興味がないようで、すぐに目をそらしてコーヒーを飲みながらスマホを触っていた。

 ボクは鞄の中から本を出して読み始めたものの、彼のことが気になって集中できずにいた。顔は下を向けたまま、それとなく視線は彼の方を向けて記憶の糸を辿っていた。そして、ようやく彼が誰なのか思い当たった。
 
 そっか……以前、有料ハッテン場で話したことのある人だ。

 薄暗い部屋の中だったから、顔がはっきりと思い出せなかったけど、まちがいなく彼だと思った。おぼろげに覚えていた顔の特徴と一致していた。

 彼はほぼ毎週のように、有料ハッテン場に来ていると言っていた。

 ボクよりも10歳ぐらい年上の人で40代後半の人だった。年齢的に誰も相手をしてくれなくて、何もしないで帰る日が多いと言っていた。

 彼はなぜか初対面のボクにいきなり話しかけてきた。

 他の客とは全く話すことがなかったので不思議だった。ボクに対して興味があると言うわけではなくて、下心のようなものは全く感じられなかった。他の客から「あの年配の人。誰にも相手にされないのに毎週来て通路に立ってるからうざい」といった言葉を聞かされた。

 でも実際に話してみると真面目で面白い人だった。

 もしかしたら、ボクが店で見かけない客だったから声をかけやすかったのかもしれない。ボクは冬季限定キャラで、それも1回か2回か出没するかどうかのレアものだった。彼と会ったのは1年以上は前のことだった。

 やっぱりボクのことを覚えてくれてないのかなぁ……

 ボクが気になって見てしまうせいか、それから彼と何度か目があった。でも全く無反応で、何の感情も抱いていない感じだった。彼とは過去に2回ほど店で会ったことあった。2回目に会った時は、「久しぶり」と言って気軽に声をかけてくれた。
 
 そういえば……あの『住吉綺譚集』を書いた出来事から、もう1年が経つのか。

 彼の存在が気になって頭の中に入らない本のページだけをパラパラとめくって時間を潰しながら考えた。

 あの『住吉綺譚集』の出来事は6月上旬だった。あれから有料ハッテン場には一回しか行っていない。その一回については、『いつも見ている風景』をいう文章に書いている。今年の冬は有料ハッテン場に行かずに終わってしまった。

 最近は、有料ハッテン場に行きたいという感情も抱かなくなってしまった。そんな時間があるのなら、このサイトに文章を書ていてる方が、よっぽど有意義だと感じるようになった。

 30分くらい経った。

 彼はスマホをポケットに入れて鞄を肩にかけて席を立った。そして席から離れる瞬間だった。今まで赤の他人のように目が合っても全く無視していたのに、いきなりボクのほうじっと見つめてきた。

 そしてボクと目が合うと、

「久しぶり」

 そう口だけ動かして笑顔で軽く手を上げた。

 ボクは慌てて「あっ。久しぶりです」と口だけ動かして頭を下げた。頭を上げて彼の方を見ると既に店から外に出ていた。そして窓ガラス越しにボクの方を見て笑いながら去っていた。ボクも嬉しくて笑顔で返した。

 なんだ……ちゃんとボクのことを覚えてくれてたんだ。

 ボクはたまらなく嬉しくなった。もう集中力が途切れたので本を読むのを諦めた。彼の後を追いかけて声をかけてみたい衝動に駆られたけど抑えた。声をかけたところで、特に何か話したいことはなかった。

 ボクらみたいの関係は何て言うんだろう。

 恋人関係でもない。友人関係でもない。ただの知り合いという関係でもないように感じる。ボクも彼もお互いに会ったのを覚えていた。

 笑いながら目が合った瞬間。間違いなくボクと彼の心がつながっていると感じた。

 もう有料ハッテン場で彼と会うこともないだろう。でも、またいつかどこかで彼と偶然に会いたいと思った。