ボクはある時期。ある人と会うために有料ハッテン場に通っていた。
その人については、この章の最後に書くことにするけど、ボクはその人と話して個室から出て廊下を歩いていると、廊下の隅にしゃがんでいる人を発見した。
どこかで見たような姿だと思った。
あれ……まさか妖怪くん?
と気がついて彼の側に立ってまじまじと眺めた。1年前に出会った時と同じようにしゃがんで顔を伏せているけど、小柄で華奢な体付きをしていて妖怪くん本人に間違いがないことが分かった。
この人は変わらないな。
と思った。あれから1年が経っていたので彼は40歳になっていたはずだった。それなのに全く変わったようには見えなかった。1年前と同じように体全体から負のオーラを発散していて、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。
ボクはある人と会えたから、もう家に帰ろうと思っていた。でも妖怪くんを見ていると「声をかけたい」という衝動に駆られた。だから思い切って妖怪くんの隣にしゃがんでみた。
妖怪くんはちらりとボクの顔を見たけど、すぐに顔を伏せてしまった。きっとボクの顔を忘れてるんだろうと思った。廊下を歩いている人たちが、二人揃ってしゃがんでいるボクらを不審そうに見ていた。
「久しぶりですね」
ボクは妖怪くんの耳元に口を近づけて言った。妖怪くんは顔を上げて「えっ?」と言って、ボクの顔をじっと見つめてきた。
「1年くらい前に会ったんですけど覚えてませんか?」
「覚えてないです。人違いじゃないですか?」
こっちは絶対に間違える訳がなかった。
「そこのテレビの部屋で『チューボーですよ!』を一緒に観たものです」
と部屋を指差しながら言うと、彼はようやく思い出したようで「あぁ。思い出しました」と言った。それから妖怪くんは顔を上げてボクと目を合わせて会話してくれるようになった。
「あれから何度、この店に来たんですか?」
「今日が三度目です」
「じゃあ。あんまり来てないんですね」
「家が遠いので頻繁に通えません」
そういえば隣の県に住んでいると言ってたことを思い出して、確かに頻繁に通える距離じゃないと思った。彼の住む県には、こういった店が一件も無かった。
「あれから誰かと寝ましたか?」
「いえ。誰とも寝てないです」
「そうなんですね」
どうやらボクや向井理(似)のように彼に興味を持つ人はいなかったようだ。
彼ととりとめないない雑談を続けながら、ボクはどうやったら他の人から声をかけられるようになるのかをアドバイスをしようかと迷っていた。すると、いきなり会話の途中で、
「こういった店に来るのは、今日で最後にするつもりです」
と彼は言い出した。
「なんで……なんですか?」
ボクは彼がどこか別の県に引っ越しでもするのか思って訊いた。
「どうせ来ても誰からも誘われないですし、それに誘われてもどうしたらいいのか分かりません」
と言い出した。
ボクは彼になんて言ってあげればいいのか迷っていた。
彼にアドバイスすることはいくらでもできた。
でも彼にアドバイスしたところで、実行するようにとても思えなかった。一つ前に書いたパペマペさんには適応能力があって、すぐに有料ハッテン場に馴染んでいたけど、妖怪くんは反対で全く馴染めていなかった。
ボクはしばらく考えたけど、余計なアドバイスをするのを止めた。
「そうなんですね。じゃあ……もう会うこともないですね」と言って、しばらく雑談を続けてから「それじゃあ。さようなら」と言って、彼の手を取って握手をしてから立ち上がった。
廊下を歩きながら途中で振り返ると、彼はまた一人で顔を伏せたまましゃがんでいた。
<つづく>