絶対に会えてよかった<21>
外に出ると1年前と違って雪は降っていなかった。でもやっぱりその日も寒かった。
横断歩道を渡ってから、いつものように店の方を振り返って店内を想像した。その日は真っ先に廊下にうずくまっている妖怪くんの姿が思い浮かんだ。「ある人」と出会えた喜びは、どこかに消え去っていた。
なんて不器用な人なんだろう。そして素直な人なんだろう。
と思った。
ボクと彼は似ていると思った。
ボクも彼と同じように不器用な人だった。ただ彼と違って素直な人ではなかった。
それから帰り道を歩きながら、ずっと彼のことを考えていた。
ボクはあの店での彼の姿しか知らない。どこかで派遣社員として働いていると聞いたけど、職場で働く彼の姿がなんとなく想像できた。
彼を初めて見かけた時、自分の子供の頃の姿と重ねていた。
ボクは彼のように不器用だった。
どちらかというと自分が「ゲイ」だとということは全くコンプレックスに感じておらず、「不器用」だということの方がコンプレックスだった。
中学時代、先生から一度指示されたり、教えてもらったことが、他の生徒は当然のようにできていたのに、なぜか自分だけ全くできなかった。なぜ皆は当然のようにできることが、自分だけできないのか? 自分のどこかに問題があるのか?と不安になった。
そのうち苦しくなって「学校を辞めたんじゃないか?」と噂されるくらいに休み続けた、久しぶりに登校すると同級生から「まだ辞めてなかったんだ?」と言われたこともあった。そのことは同性愛の目覚め<1>の冒頭でも少しだけ書いている。
ただボクは子供の頃に、自分が人よりも不器用だと気がついてから焦りを感じていた。なんとか周囲の人と同じように生きていけるように足掻いていた。ちょうど就職氷河期と呼ばれていた時代で、不器用なままでは、まともに生きていけるとは思えず、子供の頃から危機感を抱いていた。「子供の頃になりたかった夢は何?」といった質問があるけれど、そういった質問をされても答えようがなかった。ボクとしては「普通に生きていけるようになることです」としか答えようがなかった。それが何よりも最優先だった。同級生の多くが楽器を買って、歌手や芸能人になることを夢見ているけど、ボクにはそんな夢を見る余裕もなかった。それから大学生になって、自分の弱い部分を克服しようと頑張った。自分の弱いところを叩かれて徐々に変わっていった。
それでようやく人並みに生きていけるようになった。
このサイトに「ボクは仕事が好きだ」と何度も書いてる。
仕事が好きな理由はいくつかあるけど、一つ目は仕事をしている時間は孤独を感じなくて済むといういうことだった。二つ目は、仕事を通して誰かに認められて必要とされることで、密かに抱いているコンプレックスが癒されるからだ。
今のボクは端から見ると、器用に見えるみたいだけど、でもどんなに頑張ってみても、根っこのところではやっぱり不器用なままだった。ひょんな瞬間にボロが出てしまうことがあって、そのボロを出さないように頑張っていた。
ただ人にばれないように、ごかまして嘘をつくのが上手になっただけで、根っこの部分では、相変わらず不器用なままだった。
ボクは妖怪くんのことを愛おしいと思った。
これははっきり言えば、上から目線なのかもしれないし、ただの彼に対する同情なのかもしれない。でも不器用で素直な姿を曝け出している彼のことを愛おしいと思った。
彼に対してどんなにアドバイスしても注意をしても意味がないと思った。結局は彼自身が自分の意思と力で乗り切るしかなかった。
それにボクには彼を助ける余裕なんてない。自分のことで精一杯だった。
彼はきっと寂しいんだと思う。
きっと苦しいんだと思う。
きっとどうしたらいいのか分からないんだと思う。
きっと自分のことが嫌いなんだと思う。
でも、それはボクも同じだった。
あの日以降、何度も同じ店に行ったけど、もう妖怪くんと会うことはなかった。
ボクが生まれて初めて有料ハッテン場で、自分から誘ったのが彼だった。
今のところ、それが最初で最後だった。
<つづく>